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ウイリアム H. ミラー, Jr「歴史的な写真に見る偉大な遠洋定期船の素晴らしい内装」

 ニューヨーク市の埠頭とはハドソン川を隔てているだけのホボケンの海岸で、1950年代を過ごした少年として、行き交う偉大な遠洋定 期船にすっかり心を奪われたものだった。当時は60隻以上の様々な旅客船が、この港を使っていた。ハドソン川は、素晴らしい特色ある定期 船の華麗なる舞台のようなものだった。殆ど毎日、定期船が出入港していた。こうした美しい女王達を見ることはワクワクさせられるものだっ たが、乗船することはゾクゾクするものだった。それはまるで、不思議の世界に足を踏み入れるようなものだった。吹きさらしの埠頭から暖か い活気に満ちたワクワクするような船の入り口の広間に繋がる長い鋼鉄で出来た連絡路を渡って行くと、鮮明な魔力を突然感じたものだった。 それはゾクゾクするような喜びであり、とても面白い当惑とでも言うべきものだった。偉大な豪華定期船の内部は、とても特別な場所であっ た。

 訪船者は通常、出港の2、3時間前に特別の連絡路から乗船した。乗船するや給仕が手を貸してくれて、船室を案内してくれたものだっ た。私は、他の多くの人と同じように、この時間を船内見物にあてて、甲板から甲板を見て回ったものだった。玄関の広間と廊下には船内案内 図が掲示されていて、上の公室や屋外のプール、あるいは食堂や下階の屋内プールに繋がる吹き抜けを探し出すことができた。

 屋上のサン・デッキとボート・デッキは、巨大な空間を提供していた。どっしりとした煙突、頭上のマスト、何ヤードもある木甲板、そし て舳先はマンハッタンを指し示していた。摩天楼を見ていると、塗装された鋼鉄と木材で出来上がった全く別のものに乗っていて、これから直 ぐにそれが動き出して外海に出ることを実感したものだった。1週間かそこらで、船は別の埠頭に停泊し、違った街並を背景にしていたのであ る。

 その下には壮大な公室がすべて完璧に配置されていた。新しい船客のために、研ぎ澄まされ、磨かれ、掃き清められていた。どのテーブル もピカピカで、どの鏡も輝き、どの灰皿も適切な位置にあった。部屋から部屋へ、メイン・ラウンジからバーへ、喫煙室からベランダ・カフェ へと回ると、そうした素晴らしい快適なものが船上にあることに畏敬と敬意、あるいは驚きすら感じるだろう。申し分なく支度した給仕が、新 たに到着した乗客(あるいは訪船者)が必要な要求に答えるべく控えていた。そして、そうそう、匂いである。明らかに特徴のある独特の匂い が、定期船にはあった。それは記憶を呼び起こさせるもので、少なくとも、新鮮な花と清掃用溶剤の2つの匂いが入り混じったものであった。

 フランスの定期船は、いつも最も魅力的なものだった。すべてが、すなわち古いIle de France、Liberte、そして新しいFranceは、僅かに高い地位についているようであった。呆然とさせられるような(あるいは圧倒的な)サロン、ラウンジを備 えていた。洗練されており、殆ど退廃的な遠洋豪華船であった。氷の満たされた銀のシャンペン・バケツの収蔵品、赤い上着のベルボーイが果 物の入った大きなボンボヤージュ・バスケットを持ってきてくれたようだった。遊歩甲板には蒸気管が走り、葡萄酒のラベルが貼られていた。

 オランダの定期船は、とりわけ絶妙なNieuw Amsterdamは、煌くような清潔さで群を抜いていた。ニューヨークを走っていた船で、これ以上に綺麗な船はなかった。Cunardの女王達は、60年代半ばまでは アール・デコを取り入れて、偉大な洋上博物館の一部をなしていた。とりわけその1等船室は、ハリウッドの古典、Astaireと Rogersのダンスのセットにヒントを得た洋上都市であった。Bremenはこうしたページで述べられている船の後継者であるが、妖し い魅力のある真夜中の航海を行った。照明で照らされて輝き、定期船はいつもの夜中の出港というよりは、むしろ劇的な霊気を漂わせていた。 明かりのついた遊歩甲板の窓の向こう側には、バンド・マンが行進曲や聖歌を演奏し、感情を高ぶらせていた。別の船では、例えば愛されたが 古くなっていたQueen of Bermudaが、初期の記憶を引きずっていた。大変に洗練された化粧板と精巧な格子の嵌められた扉、真鍮の手摺、そしてクロム加工のランプがあった。

 本書でカバーしているそうした遠洋定期船の公室、旅客空間での旅や目的は、かなり長い間に変化している。輸送機関としての豪華で大理 石を装った1等船室、あるいは狭苦しくて質素な最下級船室のある船から、寄港が殆どおまけのようになっている、休暇それ自体になっている 船を見てきたものである。しかし気分や様式が変わろうとも、つまり喫煙室や冬園(注、冬季でも植物を楽しめる庭園)で過ごす船旅が過去の ものとなろうとも、船上での体験は未だに類例のないものなのである。本書では、「人類によって作られた最も偉大な乗り物」の内部の様子を 整理している。

ウイリアムH.ミラー
ニュージャージー州、ホボケン

ご案内

 ビル・ミラーの最新の著書を熟読することはとても楽しみなことですが、今回は偉大な遠洋定期船の素晴らしい内装を取り上げています。 定期船に関して何冊か本が最近出版されていますが、この特定の事項についてこのような華麗な詳細を扱っているものはありません。ニュー ヨーク市博物館所蔵のバイロン・コレクションの写真は、傑出した品質であり、良く知られた定期船の馴染み深い写真ばかりではなく、余り知 られていない空間や余り知られていない船の写真もあります。前者について言えば、Resoluteの冬園やRelianceのボート・ デッキの屋内プール、1927年のConte Grandeのハリウッド映画の宮殿の雰囲気のある舞踏室があります。後者について言えば、英国、オランダ、ポルトガルの植民地船の内部を覗くことができます。1935年 のOrion(最初のアール・デコの太平洋横断定期船)、Johen van Oldenbarnevelt、Infante Dom Henriqueです。

 年代別に掲載されており、船舶の内部の意匠が直線的に発展して来たものではないことを確認するのに役立ちます。一般的な傾向として、 その時代の内装の再生産ではないということが言えます。1927年にIle de Franceが到来したとき、デザイナーは、過去よりはむしろ将来を見据えていたと言われたものでした。内装はより機能的で、流線型の外観は、とりわけ1929年から30 年にかけて就航したBremenやEuropaで明らかなものとなり、その後1935年のNormandieに引き継がれています。もち ろん一般的な傾向は、シカゴの偉大な建築家でフランク・ロイド・ライトに大変な影響を与えたルイス・サリバンの格言通り、「形状から機能 へ」というものでした。したがって一般的な動きとしては、ルイ14世、ジョージ1世、ロバート・アダム、アラビアン・ナイトの時代から、 小奇麗な、時折「ハイテク(注、無機質な装飾の)」空間へというものなのです。錦織やタペストリー(注、絵模様のつづれ織の壁掛け)は、 漆塗りの表面やより興味深い木材に取って替わられました。シャンデリアや壁の突き出し燭台は消え、間接照明が好まれるようになりました。 しかし、こうした発展にあって、初期の時代への先祖返りを目撃しています。1926年のHemburg、1927年のNew Yorkですが、より現代的な競争相手と比べると時代遅れの外観です。同時期にフランスがアール・デコを取り込んだ洋上宮殿を作っていたのに対して、Saturniaや Rexはナポリの宮殿のように見えます。

 船というものが、常にナショナリズム(=国家主義、民族主義)の洋上における表現であったということも、バイロンの写真で確認できま す。Normendieはフランスの輝かしい地方を思い起こさせるもので明らかに装飾されていました。1等食堂に繋がる褒め称えられた Portes de Subeでは、ノルマンディー地方の主要な10都市が円形模様に描かれていました。Nieuw Amsterdamのスィートは、いずれもオランダの地方とオランダ領西インド諸島の植民地に因んで命名されたものでした。

 更に、本書には魅力的で、言葉では説明のできない空間の写真も掲載されています。Queen Elizabethの図書室、寛げるRyndamの1等のバー、「カクテルの進化」を物語る壁画のあるEmpress of Britainのバーですが、これ自体が20年代30年代の社交史に関する記録になっています。

 本書では最も革新のあった1等船室に注目する一方で、Imperatorの3等船室や最下級船室のような、何隻かの船のあまり魅力の ない部分も見ることができます。とはいうものの、壮大な空間が最も印象に残るもので、陸上においてさえも影響を与えているのです。Ile de Franceの1等食堂は、後にモントリオールのEaton's Department Store(=百貨店)に複写され、再現されました。Normendieは、プエルト・リコのサン・ファンにある本船の名前さえも使用したホテル全体に影響を与えていま す。

 ミラー氏の本は、多くの面で大西洋横断、太平洋横断、あるいはスエズ横断航海を代表するものであって、私達みんなが長らく待ち望んで いたものです。

スチーブンS. ラッシュ
ニューヨーク市
遠洋定期船博物館代表

本書に掲載している船舶一覧(数字は掲載頁)

America, 103, 105
Amerika, 4
Andrea Doria, 117
Bremen, 56, 58
Canberra, 129
Carthage, 69, 71
Champlain, 77, 79
Columbus, 28
Conte di Savoia, 1
Conte Grande, 39, 41
Conte Rosso, 26
De Crasse, 1
Duilio, 30
Edinburgh Castle, 108
Empress of Britain, 71, 73
Empress of Japan, 61
Europa (1930), 1, 58
Europa (1981), 139, 141
Excalibur, 67, 69
France (1912), 14, 17
France (1962), 131
Furst Bismarek, 3, 4
Georgic, 1
Giulio Cesare, 115
Gripsholm, 30, 32
Hamburg, 32, 35
Ile de France, 42, 46
Imperator, 17, 18, 21
Imperio, 108
Infante Dom Henrique, 130
Johan van Oldenbarnevelt, 62
Kaiserin Auguste Victoria, 6, 9
La Provence, 11
Leonardo da Vinci, 124
Liberte, 11O, 112
Manhattan, 77
Michelangelo, 135
Monarch of Bermuda, 64
New York, 1, 37
Nieuw Amsterdam, 95, 96
Noordam, 99
Normandie, 81, 85
Norway, 131
Oriana, 126
Orion, 87, 89
Panama, 101
Paris, 1, 24
Pilsudski, 89, 90
President Roosevelt (1922), 26
President Roosevelt (1962), 133
Queen Elizabeth, 105, 107
Queen Elizabeth 2, 135, 137
Queen Mary, 1, 91, 93
Queen of Bermuda, 79
Raffaello, 135
Reliance, 23
Resolute, 24
Rex, 73, 75
Rotterdam (1908), 12
Rotterdam (1959), 122, 124
Royal Viking Sky, 139
Royal Viking Star, 137, 139
Ryndam, 113
Satunia, 49, 53
Song of America, 143, 145
Southem Cross, 118
Statendam (1929), 53, 55
Statendam (1957), 120
Stratheden, 93
Titanic, 12
United States, 115, 117
Willem Ruys, 107