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日本のクルーズ人口(1989年―2015年)

例年、国土交通省海事局外航課は「我が国のクルーズ人口(外航クルーズ又は国内クルーズを利用した日本人乗客数の合計)」なるものを発 表しています。これは、クルーズ船社や旅客船事業者、船舶代理店、旅行会社、全国の港湾管理者等を対象にした調査ではあるものの、些か疑 問を感じる数字であることは否定できないものです。例えば、バルト海クルーズの参加者の比率が伝統的に高いというのは疑問で、恐らくは Tallink (Silja Line)やViking Line等のフェリー(クルーズ・フェリーと自称している豪華なカー・フェリー)を利用する北欧周遊の団体旅行客を含めるなどして、人数を水増しして来たように見えないこ ともない。更に日本人乗客数と言っても、インターネットなどを利用して外国の旅行会社と直接取引して乗船する人や、在外邦人などは捕捉さ れておらず、数字の正確性という点では、疑問が残る統計・アンケート調査になっています。

とは言え、日本のクルーズの動向を知る上でこの調査に代わるものはないので、唯一の公的統計資料として無視はできません(苦笑)。

このページでは、2016年6月2日に発表された「2015年の我が国のクルーズ等の動向について」という報道発表資料を基に、これま での日本のクルーズを振り返ると共に、私なりに記録して整理しておこうと思います。

外航・国内クルーズを利用する日本人乗客数の推移(1989年―2015年)

まずは、1989年から2015年までの「外航・国内クルーズを利用する日本人乗客数の推移」を見てみましょう。

外航・国内クルーズを利用する日本人乗客数の推移

(出典:国土交通省海事局外航課)

次に日本船と外国船の日本人乗客数をグラフにしたものが、次のものです。日本船の乗客数が減少する傾向にあるのが判ります。

外航・国内クルーズを利用する日本人乗客数の推移

(出典:国土交通省海事局外航課)

上の数字だけを眺めるだけでも、様々なことが見えてきます。しかし様々なことが見えるようになるためには、これまでの日本のクルーズ産 業の歴史を知る必要があるでしょう。そこで次に、1989年から2016年までの日本のクルーズ年表を作ってみました。不完全なものです が、こうした年表はありそうでないものなので、何がしかの意義はあるでしょう。少なくとも、私の記憶の整理にはなりました(笑)。

日本のクルーズ年表(1989年―2016年)

1989年(平成元年・クルーズ元年)
1月 昭 和天皇崩御(1月7日)
日本郵船、クリスタル・クルーズ・ジャパン(株)を設立
第1回「世界青年の船(SWY)」(1月18日~3月29日)、以降毎年実施。これとは別に1974年以降「東南アジア青年の船 (SSEAYP)」も毎年実施、「にっぽん丸」(1代目~3代目)「ふじ丸」を傭船(総理府)
3月 「21 世紀号(旧、檜山丸)」就航(少年の船協会)
横浜博覧会開催期間中(3月25日~10月1日)、ホテルシップとしてQueen Elizabeth 2を傭船(三井物産)
「さんふらわあ7(旧、若潮丸)」を傭船して「日本国中原発アッチコッチ見聞録」(3月30日~4月8日)を催行(ピースボート)
4月 消 費税法施行、税率3%(4月1日)
クルーズ専門誌「Cruise(クルーズ)」創刊(海事プレス社)
クルーズ専門誌「船の旅」創刊(東京ニュース通信社)
Frontier Cruises Ltd.をバハマに設立(日本郵船、三菱商事、三菱重工、Salen Lindblad Cruiseing Inc.、Hapag Lloydの合弁会社)(4月17日)
「おせあにっくぐれいす」就航(昭和海運)(4月 22日)
西日本汽船が日本クルーズ客船(株)に商号変更(4月26日)
「ふじ丸」就航(商船三井客船)(4月29日)
5月 「おせあにっくぐれいす」中国クルーズ
6月 (六 四)天安門事件(6月4日)
7月 「Ocean Pearl」傭船(日本旅行)
9月 「にっぽん丸 (ex-Rosa da Fonseca)」(2代目)引退(商船三井客船)(9月3日)
川崎汽船、メイヨー、Seven Seas Cruise Lineをバハマに設立
11月 ベルリンの壁崩壊(11月9日)
12月 郵船スワイア・クルーズ設立(日本郵船と Jhon Swire & Sons (Japan) Ltd.の折半出資による合弁会社)
日経平均株価が史上最高値(バブル景気)

1990年
*この頃、三井物産、電通、サッポロビール等計7社が設立したマリンレジャー開発が「Queen Elizabeth 2」を半年傭船して、日本近海クルーズを10回程実施(マリンレジャー開発)
1月 「ふじ丸」89年日経優秀製品サービス賞の最 優秀賞受賞
2月 「Song of Flower(ex-Explorer Starship)」就航(Seven Seas Cruise Line)
3月 「ジャ パニーズ・ドリーム(旧、十和田丸)」横浜―神戸間に就航(日本旅客船)(3月24日)
5月 (社)日本外航客船協会 (JOPA)設立(5月28日)
7月 「お りえんとびいなす」就航(日本クルーズ客船)
「Crystal Harmony」就航(所謂 「松」)(Crystal Cruises Inc.)
8月 イ ラクがクウェートに侵攻(8月2日)
9月 クリスタル・クルーズ・ジャパン(株)、郵 船クルーズ(株)に商号変更
「にっぽん丸」(3代目)就航(商船三井客船)(9 月27日)
11月 「Frontier Sprit」就航(所謂「梅」)(Frontier Cruises Ltd)
12月 客船事業部を設置(日本郵船)(12月1 日)

1991年
1月 湾 岸戦争(1月17日―2月28日)
2月 バ ブル景気崩壊、平成不況始まる
「にっぽん丸 (ex-Rosa da Fonseca)」(2代目)売却(商船三井客船)
4月 Asuka Maritime S.A. (Panama) (マルシップ混乗会社)設立(日本郵船)(4月3日)
7月 「おせあにっくぐれいす」コルサコフ寄港
10月 郵船クルーズと郵船スワイア・クルーズが合 併、存続会社は郵船クルーズ(10月1日)
飛鳥シップ設立(日本郵船)(10月23日)
「飛鳥」就航(所謂「竹」)(郵船クルーズ)
「さんふらわあ7(旧、若潮丸)」売却(関西汽船)
12月 ソ 連崩壊(冷戦終結)(12月25日)

1992年
1月 「ジャパニーズ・ドリーム(旧、十和田丸)」 佐世保沖に係船、1995年5月売却(日本旅客船)
2月 「21世紀号」由良に係船、1999年4月売 却(少年の船協会)
「Song of Flower」の事業主体をSeven Seas Cruise Lineに移管(川崎汽船)
5月 「おせあにっくぐれいす」天安門事件で中断し ていた中国クルーズ再開
12月 「いしかり」による沖縄クルーズ催行(太平洋フェリー)

1993年
9月 「Frontier Sprit」をHapag-Lloyd Cruisesに売却(Frontier Cruises Ltd)
スター・クルーズ日本支社開設

1994年

1995年
1月 阪 神・淡路大震災(1月17日)
5月 「Crystal Symphony」就航(Crystal Cruises Inc.)(5月4日)
6月 客船事業部を船客部に改称(日本郵船)(6月 29日)

1996年
1月 「サンシャインふじ」売却(大島運輸)
4月 船客部を船客グループに改称(日本郵船)(4 月1日)
運輸省が「ウエルカムプラン21(訪日観光交流倍増計画)」を提言
8月 「万景峰92」を傭船して「ピョンヤンクルー ズ」(8月8日~8月16日)を催行(ピースボート)

1997年
1月 昭和海運、クルーズ事業からの撤退を表明(1 月31日)
3月 「SuperStar Capricorn (ex-Royal Viking Sky)」石垣―基隆間に就航(Star Cruises)
4月 消 費税5%に増税(4月1日)
6月 「おせあにっくぐれいす」引退(6月1日)、 Spice Island Cruisesに売却、引渡(昭和海運)(6月4日)
7月 ア ジア通貨危機
11月 三 洋証券、山一證券、北海道拓殖銀行が経営 破綻

1998年
4月 「ぱ しふぃっくびいなす」就航(日本クルーズ客船)(4月12日)
「ニューゆうとぴあ(旧、だいやもんどおきなわ)」引退・売却(日本クルーズ客船)
「にっぽん丸」(3代目)で同船初の世界一周クルーズ(4月22日~7月20日)
10月 「Olvia」を傭船して「ピースボート 15周年地球一周の船旅」を催行、以降2003年3月まで原則として同船を使用(ピースボート)

1999年
3月 「SuperStar Taurus (ex-Viking Saga)」神戸―博多―釜山―済州島間に就航、2002年撤退 (Star Cruises)
9月 「新さくら丸」引退(9月30日)、由良で係 船(商船三井客船)

2000年
1月 船客グループを廃止(日本郵船)(1月1日)
3月 日本郵船より「飛鳥」買取(郵船クルーズ)

2001年
5月 船客グループを再設置(日本郵船)(5月15 日)
9月 ア メリカ同時多発テロ事件(9月11日)
この頃、インターネット・バブル/ドットコム・バブル(ITバブル)崩壊
10月 日本チャーター・クルーズ(株)設立(商船 三井客船と日本クルーズ客船の折半出資の合弁会社)
11月 「新さくら丸」売却(商船三井客船)
「全国クルーズ客船誘致連絡会(全客連)」発足(日本海事新聞社)(11月29日)

2002年
4月 「ふじ丸」「おりえんとびいなす」の運航開始 (日本チャーター・クルーズ)
9月 日 朝首脳会談、日朝平壌宣言(9月17日)
10月 船客グループを客船事業グループに改称(日 本郵船)(10月1日)
11月 重 症急性呼吸器症候群(SARS)の患者が 中国で発症、2003年3月以降大流行、2004年5月18日にWHOが終息宣言

2003年
1月 「Princess Kaguya」という37万総トン分譲型クルーズ船計画(日本コンテンツネットワーク)
2月 「沖縄県クルーズ促進連絡協議会」発足
3月 イ ラク戦争(3月20日ー2011年12月15日)
クルーズ・アドバイザー認定制度創設(日本外航客船協会・日本旅行業協会・日本船旅業協会)
「関西クルーズ振興協議会」発足
4月 「ビジット・ジャパン (VJ) キャンペーン実施本部」設置(国土交通省)
6月 「The Topaz (ex-Empress of Britain)」を傭船して「地球一周の船旅」を催行、以降2008年4月まで原則として同船を使用(ピースボート)
7月 「Crystal Serenity」就航(Crystal Cruises Inc.)
11月 「北海道クルーズ振興協議会」発足
「九州クルーズ振興協議会」発足

2004年
2月 「中国地方クルーズ振興協議会」発足
4月 国際航海船舶及び 国際港湾施設の保安の確保等に関する法律が成立
6月 特 定船舶の入港の禁止に関する特別措置法(特定船舶入港禁止法)が施行(6月28日)

2005年
4月 中国各地で日本の国連安保理常任理事国入りの動きに反対する反日デモ
9月 相生に係船していた「おりえんとびいなす」を First Cruise Oneに売却(日本チャータークルーズ)
11月 「Crystal Harmony」引退(11月25日)、改装工事(Crystal Cruises Inc.)

2006年
1月 オーストラリアのケアンズで15年続けた Sunlover Cruisesを売却(日本郵船)
2月 「飛鳥」をPhoenix Reisenに売却(郵船クルーズ)
3月 「飛 鳥II (ex-Crystal Harmony)」 就航(郵船クルーズ)(3月17日)
8月 「飛んでクルーズ北海道」(日本初のフライ& クルーズ商品)を催行、以降、毎年催行(商船三井客船)
12月 「外航クルーズ旅行振興全国協議会」設立

2007年

2008年
5月 「Clipper Pacific (ex-Song of Norway)」を傭船して「地球一周の船旅」を催行、2009年1月まで同船を使用(ピースボート)
9月 Lehman Brothers経営破綻(リーマン・ショック)(9月15日)
10月 「観光庁」(国土交通省の外局)設置(10月1日)

2009年
2月 第1回「クルーズ・オブ・ザ・イヤー 2008」授賞式(2月2日)(日本外航客船協会)
3月 ソ マリア沖に自衛隊の護衛艦の派遣開始(3月14日)
4月 「Oceanic」を傭船して「地球一周の船 旅」を催行、以降2012年5月まで同船を使用(ピースボート)
6月 海 賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する 法律(海賊処罰法)が成立(6月19日)
11月 「にっぽん丸」(3代目)大改装(2010 年2月まで)(商船三井客船)

2010年
12月 ジャスミン革命(12月18日~2011年1月14日) (アラブの春の始まり)

2011年
1月 中 国がGDPで世界第二の経済大国となり、日本が42年ぶりにその地位を譲る
3月 東 日本大震災(3月11日)
11月 「Ocean Rose(旧、フェリーらべんだあ))」による長崎―上海クルーズの試験運航、「ローコスト・エンターテインメント・シップ」と自称(ハウステンボス・クルーズ)(11月3日)

2012年
2月 「Ocean Rose(旧、フェリーらべんだあ))」による長崎―上海クルーズ一般営業航海開始(2月29日)、集客に失敗し、11月に運休(ハウステンボス・クルーズ)
4月 (株)カーニバル・ジャパン設立
クルーズ専門誌「船の旅AZUR」6月号をもって休刊(東京ニュース通信社)
クルーズ専門誌「CRUISE TRAVELLER(クルーズ・トラベラー)」創刊(海人社、6号刊行して、2013年よりクルーズ・ト ラベラー・カン パニー)
5月 「Ocean Dream (ex-Tropicale)」を傭船して「地球一周の船旅」を催行、以降同船を使用(ピースボート)
7月 「ふじ丸」引退(日本チャータークルーズ) (7月1日)
9月 中国各地で香港人活動家尖閣諸島上陸事件を巡り反日デモ
11月 「全国クルーズ活性化会議」発足(11月7日)

2013年
6月 日本チャーター・クルーズ、業績不振により廃 業
12月 「ふじ丸」をMira Cruise ASに売却(12月10日引渡)(日本チャーター・クルーズ)
ミラ・クルーズは「ふじ丸」を「Mira 1」に改名し、2015年に「療養客船」の開業を目指すも、その後、断念、常石造船常石工場に係船
商船三井客船、「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」に基づく「事業再構築計画」の認定申請(12月16日)、国土交 通省により認定(12月26日)、「事業再構築計画」の終了時期は2016年3月

2014年
3月 日本チャーター・クルーズ、清算
4月 消 費税8%に増税(4月1日)
6月 「Sun Princess」による小樽発着クルーズ開始(6月28日)、12回催行したが集客に失敗し、2015年は催行せず(Princess Cruises)

2015年
1月 船舶観光上陸許可制度の創設(クルーズ船の外国人旅客の入国審査手続きの簡素化)
4月 「飛鳥II」20回目の世界一周クルーズ催行(4月4日~7月17日)(郵船クルーズ)
「海の七つ星プロジェクト」として、2,500gtの豪華ヨット旅客船計画を発表(4月24日)、2018年就航予定(両備グループ)
5月 MERS コロナウイルス(中東呼吸器症候群)が韓国で流行
6月 日本郵船、Crystal Cruises Inc.をGenting Hong Kongに売却
11月 コスタ・クルーズ日本支社開設
パリ同時多発テロ事件(11月13日)
12月 ノルウェージャン・クルーズ・ライン日本支 社開設
COP21(=気候変動枠組条約第21回締約国会議)で、55,000gtのエコシップを建造すると発表、2020年就航予定(ピースボート)

2016年
3月 「明日の日本を支える観光ビジョン」(明日の 日本を支える観光ビジョン構想会議)で「2020年に訪日クルーズ旅客数500万人」 設定
4月 東京でレストラン船を運航する「クリスタル・ヨット・クラブ」は、 「ザ・クルーズクラブ東京」に商号変更(日本郵船)(4月1日)
熊本地震(4月14日以降)
6月 英国、EU離脱へ(6月23日)
*2016年、日本船籍のクルーズ船による世界一周クルーズは催行しないことに

(参考文献)
(財)日本経済史研究所編「商船三井二十年史(1984-2004)」(商船三井、2004年)
日本郵船株式会社社史編纂室編「日本郵船社史 創立100周年からの20年」(日本郵船、2007年)


簡単に私なりの解説を付けると、こんな感じになります。

1985年9月のプラザ合意をきっかけに日本経済は急騰し、1989年には所謂「土地バブル」により空前の好景気を迎えることになっ た。こうした経済情勢を背景に、海運会社はクルーズ事業に進出。この年、平成に改元されたことから、「クルーズ元年」とも呼ばれ、日本に 本格的なクルーズ時代が到来した。

ところが1991年には、早くも土地バブルは崩壊。当時、需要が高いと見られていた企業研修等の用途は望めなくなり、空室率が高いク ルーズの催行を余儀なくされた。クルーズ事業は「バブル経済の徒花」と呼ばれた。1999年にはStar Cruisesが日本市場に参 入して一時的に集客に成功したものの、本来はカジノ船であり、船内売上の不振から、2002年には撤退した。

米国でのCrystal Cruisesの事業は順調ではあったものの、2001年9月の同時多発テロ事件により、クルーズ船の需要は大きく落ち込み、採算的に苦しい状況が続くことになっ た。とは言え、日本で1996年に始めた飛鳥による世界一周クルーズが盛況である等、明るい話題もないわけではなかった。とりわけNGO のピースボートによる地球一周の船旅は、安価な世界一周クルーズとして注目され、集客にも成功した。

ところが2008年のリーマン・ショック、2011年の東日本大震災の影響は大きく、集客難により経営が急速に悪化するところも出て来 た。一方、その間の中国経済の発展は著しく、米国の大手クルーズ客船会社は、世界第二の経済大国となった中国市場に相次いで参入。その結 果、中国発着のクルーズ船が日本に多数寄港するようになり、クルーズ船による訪日外国人観光客が急増した。中国人客による旺盛な消費は 「爆買い」とも呼ばれ、流行語にもなった。しかしその好調だった中国経済にも陰りが見られ、このクルーズ・ブームがいつまで続くものか、 怪しいものになって来ている(2016年6月現在)。

年別訪日外客数・出国日本人数の推移(1964年―2014年)

日本を訪れる外国人客と、日本から外国に出かける海外旅行者の動向も、見ておきましょう。1964年の日本人の海外渡航自由化により、 出国日本人数(雑に言えば「海外旅行者」)が増加して行ったものの、近時は海外旅行者が減少しており、一方で訪日外国人客が著しく 増加していることも判るかと思います。一般に旅行業は景気の影響を受けやすく、不景気になると(収入が減ると)真っ先に削られるのが、余 暇の観光旅行に充てる費用ということになります。

年別訪日外客数・出国日本人数の推移(1964年―2014年)

(出典:日本政府観光局/法務省)

クルーズ船が寄港する港湾(2015年)

国土交通省は訪日・日本発着クルーズの振興に積極的に取り組んでいることから、近時は国土交通省港湾局産業港湾課が作成した「我が国港 湾へのクルーズ船の寄港回数及び訪日クルーズ旅客数」も発表されるようになりました。

2015年度は、日本のクルーズ人口は減少したものの、唯一明るい話題が、日本の港湾へのクルーズ船の寄港回数が過去最多の1,454 回となり、クルーズ船により入国した外国人旅客数も過去最多の約111.6万人になったことでした。多くのクルーズ船は中国発着のクルー ズ船であり、外国人旅客数も中国人が最多でした。

クルーズ船が寄港する港湾(2015年)

(出典:国土交通省港湾局産業港湾課)

外国船社及び日本船社が運航するクルーズ船の寄港回数

(出典:国土交通省港湾局産業港湾課)