地中海のMELODY
私はFerries of Southern Europe groupというメーリング・リストに加入しているのですが、そのメンバーの一人、英
国のJim McFaulさんから、Melodyの乗船記の投稿がありました。船好きにとっては、大変興味深い内容のもので
す。幸い転載の許可が得られましたので、ここに翻訳して掲載することにいたしました。どうぞお楽しみ下さい。な
お、原文については、英語版のページに掲載しています。
地中海のMelody―2001年8月の西地中海周遊クルーズ、第1部 ジェノバからパレルモへ
by Jim McFaul
8月に西地中海をかなり集中的に周った旅行から、早いもので数週間が経過してしまいました。ジェノバのCristoforo
Colombo空港へは仕事で何回か行ったことがあるのですが、空港から離れた交通の激しい港を見てまわる機会がなかったのです。それで今年、そこを発着するMSCのMelodyのクルーズを予約したわけです。私が見かけた船の中には、以前の船名を幾つか持つものがありますが、原則として最初の元の船名だけを附することとします。
Melody (Mediterranean Shipping Cruises)
8月19日
飛行機でマルペンサ、ミラノに行き、午後遅く私達は、ジェノバのPorto
Vecchioのクルーズ・ターミナルで、Melodyに乗船しました。MelodyはMSCのフラグシップであり、1982年にAtlanticとして建造されたものです。主としてイタリア人の旅行者を扱っていて、訪れたすべての港で下船する乗客がいました。
乗客用ターミナルの周りには、クルーズ船のCosta
Victoria、The Azur(これはSouthampton
ferryのEagle(1971年)だった船)、そして新しいEuropean
Vision(2001年)がいました。この船には近づき過ぎて、船首か船尾を切らなければ写真を撮るには大き過ぎました。もっと面白かったのは、色々なフェリーがいたことです。Clodia
(1980年)、Liberte
(1980年)、Fantastic
(1996年)、新しいBithia
(2001年)、Toscana
(1994年)、Admiral(これは前のWarnemundeで1963年にロストクで建造されたもの)がいました。
夕方早く出港した時、造船所のある地域に他の船が見えました。そして旅客フェリーのRepubblica
di Venezia (1987年)、小さな客船Daunia
(1965年)、Moby
King(これはスウェーデンの鉄道連絡船だったSkane
(1966年))、RORO船のStrada
Corsara(これは前の Linne (1979年)で、1999年以来Kattegat
Syd、Dana Hafnia、Tor Hafniaと船名を変えました)、RORO船Linda
(1995年)、RORO船Golfi
del Fiori (1980年)、Arborea
(1980年)(これはRORO船Staffetta
Jonicaとして建造され、その後客船に改造された船です)。港の入口で私達は、内航船Majestic
(1993年)とすれ違いました。
Azur (Festival Cruises)
8月20日
その日、運良くイスキア島に向かう私達が乗る船の前方を、かってのRoyal
SovereignであるIschiaが横切るのを見るのに間に合いました。本土に向けて横切って行ったのは、
Antonio Amabile (1968年)です。遠くにはAdeoni、Surriento、Achemar、Acapulco
Jetといった小さな客船がいました。
ナポリ港の狭い入口で、Agostino Lauroが私達の直ぐ近くを横切って出港して行く、素敵な光景を見ることができました。1935年にオールボアでIsefjordとして建造された船です。防波堤には英国の造船所で建造された2隻の船が係船されていました。1972年にニューカッスルでRangatiraとして建造されたCarlo
R、その傍らには1974年にバローでCopenhagenとして進水し、その後Russian
Odessaとして竣工した、OdessaI です。
港には、Vincenzo Florio (1999年)、Heidi(前のStena
Baltica (1966年)で18年間Caledonian
SPのCaledoniaだった船)、Peloritano(前のFehmarn
(1927年))、Piero
Della Francesca (1980年)、そしてクルーズ船Sunbird(前のSong
of America (1982年))です。Guglielmo
Mazzolo(前のVittore Carpaccio (1963年))は、係留された後、浮ドックの一つとなっていました。Anna
Maria Lauro(前のHayabusa
No 1(1971年))とGallura
(1968年)は係船されているようでした。
私達に続いて船尾のバースには、Costa
Victoriaと懐かしいLauro Express(前のAntrim
Princess (1967年))がいました。この船に乗って、私はラ―ンとストランラーを何度も往復したものです。ターミナルに接岸し、下船を待っていると、そこは正に小さな客船のパレードを見物できる、素晴らしい正面観覧席でした。Fauno
(1981年)、姉妹船Driade
(1980年)、SNAV
Antares(前のIrbis (1990年))、Salina (1990年)、Superjet
(Marinteknik、シンガポールで建造、1999年)、Capri
Jet (Fairey
Marintek, Cowesで建造、1988年)、近くに地球の裏側で建造されたCelestina(Fairey Marinetek、シンガポールで建造、1988年)、Amalfi
Jet (前のDiamant Expressで
Marineteknik、Oregrundで建造、1991年)が見えました。寄港地観光に出発するため船を離れると、Santa
Lucia L (1956年)が到着するいい眺めを見ることができました。最近このグループ(メーリング・リスト)で話題になった船です。
午後遅く Herculeumから戻ると、Lauro Expressに急いで行って来る時間がありました。で、Millennium
(2000年)のガラスで蔽われた船尾を見ていた慌て者の乗客が港に落ちて、港のボートが救助する光景に出くわしました。到着していたSicilia
Jet(1997年)を見るため船に戻りました。Angelina
Lauro (1981年)とSurriento(前のFalerno
(1965年))が多分空のままで、夜間係留するため出発しました。
夕暮れ、私達はまだ接岸していたLauro
Expressの横を通り過ぎました。数時間後、月明かりの下、ソレント沿岸とカプリ島のそばを通り過ぎましたが、その崖は足を滑らせてしまいそうな絶景で、実際、とてもロマンティックでした。
8月21日
朝早く、Regal Star
(サンクトペテルブルグで建造、1999年)がパレルモに向かって後ろからやってくるのに気付きました。Vincenzio
Florioは、昨夜私達を追い越して、Sicilia
Jetのように既に接岸していました。Freccia
Blu (1970年)もまた、港にいました。Selinunteの古代ギリシャの遺跡でその日を過ごした後、Majesticの接岸で夕方の出発が遅れました。ジェノバで到着するのを見た船です。ラ・パルマに向けて出港する途中、Raffaele
Rubatinno (2000年)が夕日を背に、シルエットとなって通り過ぎて行きました。
地中海のMelody―2001年8月の西地中海周遊クルーズ、第2部、チュニスからジェノバへ
8月22日
夜が明けると違う港、言うまでもなく別の大陸にも渡ります。夜明け、私達はチュニジアのラ・グーレットに着いたことが分かりました。既に着岸していたのは、不格好なAl
Salam Boccaccio(前のBoccaccio (1970年))とThe Azurでした。RORO船のVikingland
(1979年)が、私達の後ろから来て、チュニスの町に連なる水路の奥に接岸です。Costa
Victoriaも、その後直ぐに到着しました。
古代カルタゴを訪問して船に戻ると、Al
Salam BoccaccioとCosta Victoriaが再び出港するまでの間、大きなイルカが船の近くにやって来て、最高でした。錨を上げたのは、クロアチアのRORO船Iva
(1978年)と、CotunavのUlysse
(1997年)です。内陸に向かう船は夕日を浴びてきれいでした。Bolero(前のStarward
(1968年))と、ちょっとビックリしたのは、CotunavにチャーターされていたKing
of Scandinavia(前のPrinsessan Birgitta
(1974年))でした。
Bolero (Festival Cruises)
8月23日
いつもよりは長い航海の後、地方のAdmiral's Cupに参加している古いのや新しい帆船の船団をすりぬけて、午後早くにラ・パルマに入りました。Costa
Riviera(前のGugliemo Marconi (1963年))は、私達の為に岸壁を空けてくれました。既にCosta
Victoria(2度目です)、The Topaz(前のEmpress
of Britain (1956年))が接岸していました。Benirredera
(1979年)はRORO船のターミナルにいました。直ぐ近くには、Salemという客船・ヨットがいたのですが、私が思うには、オランダの気象観測船Cumulus
(1963年)を大幅に改造した船でしょう。遠くの防波堤に係留されていたのは、Alcantara
(1995年)でした。
クルーズ・ターミナルから街に向かってかなり歩きましたが、街の中心では、大聖堂を訪れたり、停泊して公開されている帆船を見物したり、船歌を歌っているのを聞いたりしました。出港前、サモア人の船員が、踊りや火を吹いてみせる深夜のショーをしてくれました。午前零時すぎに出港。
8月24日
早朝の到着で、今日はバルセロナです。港の入口の近くで、係留されていたクルーズ船Seawind
Crown(前のInfante Dom Enrique (1961年))のそばを通り過ぎました。RORO船のCiudad
de Cadiz(前のRoll-Al (1980年))、Gala
del Mar (1982年)、そしてエジプト船籍のStjerneborg(前のDana
America (1979年))は、すべて荷役作業中でした。客船ターミナルに近づくと、最近倒産したRenaissance
Cruisesのクルーズ船、R Two (1998年)のそばを通りました。そして停泊していたCosta
Victoriaの陰にいた、昔お気に入りだったIsla
de Botafoc(前のSt Anselm (1980年))を見過ごす人はいなかったでしょう。クルーズ船Carousel
(前のNordic Prince (1971年))が、私達の後、到着です。何か思い当たることのある方は、Alistair
Deaytonの、Millenniumのレポートのことを考えているのかも知れませんね。
ガウディのサグラダ・ファミリア大聖堂への強制的な観光の料金を支払って、儀礼上の訪問として、ギリシャの2隻の
LSTを訪問しました。5隻のうち、このクラスの何隻かは、建造に12年かかったことは明かです。それはElefsis
buildersの財政上の問題に基因するものです。またスペインが最初の潜水艦だと主張している木製のIctineoのレプリカを見物し、Incatが建造したhigh
speed Milenium、Hobart (2000年)の出港、他のcatである、Universal
Mk 1の到着を見ました。Constanciaという船での短い遊覧で、港の中を見ることができましたが、その船については何も分かりませんでした。
出発の用意をしていると、Ciudad de Sevilla (1980年)が到着しました。その後、港の入口を離れた時、新船のSorolla
(2001年)とすれ違いました。Ciudad
de Alicante(前のRollman (1979年))が、岸壁でCiudad
de Cadizと交替しました。
8月25日
沿岸を一晩中航海して、早朝マルセイユに到着です。防波堤に多分係留されていたのは、モロッコ船籍のRORO船、Azilal(前のMercandian
Ambassador (1983年))です。
船橋の丁度真下にある、船首の感じのいいレストランで朝食をとっていると、前方に素晴らしい光景を目にしました。朝日を一杯に浴びて近づいてくるクルーズ船は、以前見たことのあるMistralではなく、新船のEuropean
Visionだと分かりました。多分この時、私は素晴らしい写真を撮れたと思います。ところが船首のレストランにいたことがあだになりました。そこは感じがいいところなのですが、艫から早く戻って来ることが出来そうにないのです。船首に戻って来たときには、European
Visionは通り過ぎて、逆光になっていました。それでも私は、この時何とか艫から写真を撮りましたよ!
その日は、川に遊覧船La Saoneが見えるアビニヨンで過ごしました。帰り、大きなギリシャ船籍のRORO船Pelamber(前のFenecia
Express (1979年))を見る時間がありました。船渠の幾つかの建物には、Cammell
Lairdの名がはっきりと書かれており、船渠には別の大きなRORO船、Southern
Trader(前にこのグループで議論した船です)が入っていました。
8月26日
最後の朝、後ろからExcellent (1998年)がジェノバに入ってくるのが分かりました。先週見た船の多くが、そのままそこにいましたが、多分、何度か出入港をしていたのでしょう。新入りはRORO船のJolly
Blu (前のDebica (1988年))とAltinia
(1992年)でした。Excellentは、姉妹船のExcelsior
(1999年)の直ぐ近くに停泊していました。興味を引いたのは、バルト海から長い航海をしてきたGioventu(前のPrins
Hendrik(1974年))で、そばにはとても現代的な外観の高速船、Capricorn
(1999年)がいました。新しいMoby
Freedom (Daewoo建造、
2001年)は、表に出ていました。
Melodyから入港の様子を見物しているか、港巡りの船にでも乗って、午前中を過ごしていたかったのですが、乗客の中で英国に戻る客は私達だけで、Linateからの早い飛行機に乗るため、ドイツ人の小団体と行動を共にしなければなりませんでした。そんな訳で、ジェノバでは好きなだけ見物することはできなかったし、この旅行は見るべきものが沢山あることを確認するに留まっています。来年も何とか家族とクルーズに行きたいと思っていますし、同じコースでもいいと思っています。毎日違った大きな港で、船舶愛好家の見地から、これ以上のことはできないでしょう。ここに記した船の他にも、興味をもった少なからぬ古い沿岸航行船や曳船の写真を撮りました。Linateに向けて出発したとき、最後に見たのはCommodore(前のPrinsessan
Christina (1969年))が停泊している姿でした。
Posted with permission from Jim McFaul
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02/05/23