英仏海峡フェリーの旅


テムズ川 (River Thames)

 最近、三澤春彦『英国鉄道と連絡船の旅』(成山堂書店、2001年)という本を読んで、私も英国連絡船の話をして

みたくなってしまった。そこでアルバムを引っ張り出してきて作ったのがこのページ。もっとも私が旅をしたのは1985

年のことで、これから旅行する人にはあまり有用な情報は提供できないかも知れない。しかし、英国国鉄が分割民

営化され、ユーロ・トンネル(1994年)が開通した今日、鉄道連絡船の旅は貴重な体験となったようにも思ってい

る。

 前置きはこれくらいにして、早速、英仏海峡横断の旅に出てみよう。

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ロンドン (LONDON)

ビクトリア駅 (Victoria)

 いきなりロンドンのビクトリア駅の駅前だ。英国は古いものを我慢して使う、やせ我慢を美徳とする国なので、こ

れが現在のビクトリア駅の写真だと言っても多分通用することと思う。駅前の芝生ではバックパッカーと思しき白人

女性が独りで日光浴をしていた。声をかけるのはいかにもナンパっぽいので、慎ましい私は止めておいた。そう、こ

こは紳士の国なのだ。

 ロンドンには大きなターミナル駅が10駅あるが、南東イングランド方面は、ここビクトリア駅 (Victoria) とチャリン

グ・クロス駅 (Charing Cross) から電車が出ている。

 これは駅構内。プラット・ホームが日本のように高く、日本の駅と殆ど同じだ。日本が英国等をお手本に近代化し

たせいもあるけれども、日本の鉄道を乗りこなすことができたならば、外国の鉄道も十分乗りこなせると思う。キオ

スクで売られていた無修正の「Play Boy」誌は当時としては珍しいものだったが、インターネット時代の今日では珍

しくもなんともないものだろう。観光案内所や航空会社の窓口があったり、軽食を食べるスタンドがあったりと、日

本の駅と同じなので迷わないと思う。そういえば日本人の女性観光客に切符の買い方を尋ねられたなぁ(実は私も

日本人観光客なのだけれども)。

 かっては、ここからフォークストン(Folkestone)まで連絡船接続列車(Boat Train)が出ていたが、現在はない(そも

そも連絡船が廃止されてしまった)。ユーロ・トンネルを「ユーロスター(Eurostar)」という乗り心地の悪い超特急が走

っている。写真中央部に見える矢印のマーク(二本の矢)はかっての英国国鉄 (BR: British Rail) のマーク。英国人

にとっては懐かしいマークだと思う。分割民営後はコネックス社 (Connex) がこの路線を運行している。第三軌条か

ら集電して走る電車だ。

 ビクトリア駅を出てテムズ川を渡り、30分もすると、もうこうした光景が広がっている。これは日本人にはショッキ

ングなことだろう(日本の大都市が例外的に酷過ぎるだけなのかも知れないが)。ロンドンはこれだけ自然に恵ま

れているのに、「都会の生活は嫌だ。田舎に住みたい。」という英国人が現れるので、さらにショックを受けることも

あるかも知れない。車掌が検札にやってくる。

フォークストン・桟橋駅 (Folkestone Harbour)

 やがて、フォークストン桟橋駅に到着する。ただ連絡船が廃止された今日、この桟橋駅に到着する列車はロンド

ンとベニスを結ぶ貸切列車、オリエント急行 (Venice Simplon Orient Express) くらいで、この駅はすっかり寂れてい

るらしい。もっとも青函連絡船の廃止後、東日本フェリーが函館―青森間を結んでいるのと同様、Hoverspeed社の

フェリー(双胴船)がフォークストンとブーローニュを結んでいたが、そのフェリーも現在は廃止され、ドーバー

(Dover) ―カレー (Calais) 航路のみとなっている。だからこれからご覧いただく光景は、本当に貴重なものとなって

しまった。

 英国からフランスへの出入国手続は極めて簡単だ。EC(現EU)諸国の人達は殆どフリーパス。日本人の場合は

パスポートのチェックがあるものの、出港時刻が迫ってくるとどうでもよくなってしまう。ということでどさくさで乗船す

ると、船はすぐに出港してしまった。

フォークストン (Folkestone)

 美しいフォークストンの街並み、などと書くのが一般的かも知れない。しかし、正直に言うと、荒涼とした寂しげな

港町だった。住むのはちょっと遠慮したい(笑)。

 正にイングランド南東部の海岸だ。白い崖(white cliff)が続く。英仏海峡はべた凪状態。フランス語と、殆どフラン

ス語のような英語のアナウンスが流れてくる。

 SNCFはご存知、フランス国鉄の略称。正式名称は長くなるので止めておきたいが、やはり書いておこう(笑)。

Société Nationale des Chemins de fer Français だ。官僚国家フランスだけあって、現在でもしっかり「国鉄」だ。こ

のフランス国鉄の連絡船は今はない。船は日本の青函連絡船と同じといっていいものだった。ただ国際航路なの

で、郵便局、銀行(両替所)などの窓口があった。

 すると大陸(フランス)が見えてきた。船旅の良さはのんびり甲板からこうした景観を眺めていることができる点に

ありそうだ。クルーズ船によくある「作り笑いのサービス」などは余計なものなのかも知れない。そういう意味では連

絡船(フェリー)こそ、船旅の醍醐味が味わえるものではないかと思っている。南下してきたせいか、日差しが幾分

強くなってきた感じがする。

 フランスのブーローニュ (Boulogne) に無事到着。連絡通路を渡るとパリ北駅 (Paris Nord) 行きの列車が待って

いた(パリまでの所要時間2時間30分)。この辺りも、かっての青森駅のような感じだった。しかしこの桟橋駅は現在

はなく、連絡バスに乗って駅に移動しなければならなくなっている。この辺の事情も青森に似ていると言えるだろう。

 SNCFの急行でパリに向かう。「パリ」なんて言うとちょっと照れてしまう(笑)。でも照れずに使うことにしよう。この

パリ行きの急行列車は、急行列車だけのことはあって、車内販売がある。そういえば朝からこれといった食事をし

ていなかった。サンドイッチとコーラを買う。フランス人の販売員だが、英語が通じるのでまだ英国にいるような気分

でいられる。パリまでは写真のような風景が続く。北海道に大変よく似ている。フランスが官僚国家であると共に農

業国であることを実感する。


パリ (PARIS)

 「雨の朝、パリに死す」という題名の小説があるけれど、こんな感じの朝だろうか(笑)。あんまり私の趣味ではな

いなぁ。折角パリに来たのだから、色々紹介すべきなのかも知れないが、ここは船のページ。やっぱり船にこだわ

ってみよう。

 ということで、セーヌ川の遊覧船となる。3社が運航している (Bateaux Mouches, Bateaux Parisiens, Vedettes du

pont nef)。食事ができる船もあるが、わざわざここで食事まですることはないと思う(ご希望ならば、別に止めはし

ませんが)。因みに私が乗船したのは Bateaux Parisiens の船。乗り場はエッフェル塔の近くだった。

 外観はこんな感じ。早春のパリだが、そんなに寒くはない。

 ガイドの女性は、どうやら数ヵ国語できるようで、客に希望を聞いていた。しかし残念ながら「日本語」はできない

ようだった。ガイドから長い巻物のようなパリの名所案内を買う。が、表記は何故かフランス語。船から見るパリの

街並みはこんな感じだった。

ノートルダム寺院 (Notre-Dame de Paris)

エッフェル塔 (Tour Eiffel)

凱旋門 (Arc de Triomphe de l'Etoile)

 あれっ、この人誰ですか。誰でしょうね(笑)。ではこの辺でパリからお別れとしよう、な〜んてね(笑)。

〔関連リンク〕

BritRail

Connex

Hoverspeed (UK)

SNCF

Bateaux-Parisiens

Bateaux-Mouches


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01/12/26