白い船・海


「海の子レインボー新聞」

海の子レインボー新聞

 これは、「れいんぼう らぶ」乗船記の中で紹介した、島根県平田市立塩津小学校5・6年生が作った「海の子レイ

ンボー新聞」。「れいんぼう らぶ」の乗船記をアップロードしたのは、1999年9月のこと。ところが、それから5ヶ月程

経過した2000年2月14日に、次のようなEメールを頂いた。

「はじめまして。先日我が小学校の子供たちが作った海の子レインボー新聞が貴ホームページに載っていてとても
びっくりし、子供たちと大喜びしました。ほんとうにありがとうございます。

 九越フェリーの方々には、大変お世話になっており、学校から見える沖行く船れいんぼうらぶにお手紙を書いた
ところ、船との交流も始まり、とうとうあの新聞を作った1か月後、夢がかない、なんと乗船することができました。あ
れから1年半、今も時々船とはファックスのやり取りが続いています。子供たちの夢の実現に、心から応援し答え
てくださった九越フェリーのみなさんに感謝しています。
 

 このホームページを作られたいしやまさんってどんな方なんだろうと、こどもたちとはなしています。また、子供た
ちと一緒にメールをおくります。何しろ、私、昨日インターネットに接続完了した超初心者ゆえ、今のところこのメッ
セージが精一杯です。お許しください。
それでは、また。突然失礼しました。」

 「とてもびっくり」したのは私の方だった。もっとも、「ひょっとしたら見てもらえるかな」という野心がなかったわけで

はない(笑)。しかし本当に島根県の平田市から、こうしたEメールが届いて、インターネットの威力に驚いた。早速

返信のEメールを差し上げた。

「けさはさっそく、お返事メールをありがとうございました。ホームページで新聞を見つけたときと同じぐらい感激しま
した。今日は、ゆっくり、関連するリンク集を拝見しました。映画もお好きなんですね。また、同僚の先生が見つけら
れたのですが、ピアノの前にお座りになっていらっしゃったのが石山さんですね。これまた感激し、思わず「はじめ
まして」とお辞儀してしまいました。
 

 今朝のメールを子供たちに見せました。うちは全校児童18人の完全複式学級の小学校です。れいんぼうは、水
曜日と金曜日の10時15分ごろ教室からよく見えます。今日も海は大荒れでしたので、大丈夫かなーと心配です。
あのクラスの大きさならまず心配ないのでしょうが、つい近くの港に停泊している船を思い浮かべてしまうのです。

 全校児童で乗船したのは、98年8月25日でした。塩津(しおつ)からバスで12時間かけて直江津につき、26日
の夕方博多港について、すぐまた車中泊で塩津に帰るという、ものすごい強行軍の旅でした。でも、デッキも、貴賓
室も、エンジンルームもすべて案内してくださいました。中でも一番感動したのは、やはり船から塩津の町を見るこ
とができたことです。大西船長さんも、「あの建物が学校だろうとずっと眺めていましたよ」とおっしゃっていました。
あの時は本当に感激して、思わず涙が出ました。大西船長さんは、港についてからも、ずっと私たちを見送ってく
ださいました。10時には折り返し直江津に向けて出航するのでとってもお忙しかったはずなのに・・・。船のクルー
の方々、地元の教育委員会、市長さんまでがこのたびを応援してくださいました。
 やはり、船中で新聞を見た福
岡県の童話作家の方が、このたびのことを今、物語にしてくださっています。4月中旬には書店に並ぶそうです。
 

 このように、沖行く船に手紙を出したことから、全国のあちこちに御知りあいができ、子供たちや私たち教員を支
え励ましてくださっていることは、本当にありがたいことです。石山さんもその中のお一人に加えさせていただいて
よろしいでしょうか。
 また子供たちとメールを送ります。ご迷惑でしょうが受け取ってやってくださいませ。 長々
と、とりとめのない文章ですみません。こちら山陰はあすも雪になりそうです。どちらにお住まいなのかよくわかりま
せんが、どうぞお体にはご自愛ください。

                                             島根県平田市立塩津小学校
                                                  5.6年担任   本田亜希

 塩津小学校の子供達は「れいんぼう らぶ」に乗船していたのか…。ところがその乗船の日というのが、1998年8

月25日というのが、またびっくりだった。なぜなら私が2度目に「れいんぼう らぶ」に乗船し、あの「壁新聞」の写真

を撮影したのが1998年8月22日のことだったからだ。つまり塩津小学校の皆さんが乗船される一つ前の直江津発

博多行きの便に乗船していたことになる。旅の予定の立て方次第では、乗り合わせていたかも知れなかった。

 こうした経緯から、塩津小学校の本田先生、そして5・6年生の皆さんとの交流が始まった。これはインターネットと

いう、20世紀最後の文明の利器のおかげであるとも言える。しかし実は、「れいんぼう らぶ」という船を通じて結ば

れた不思議な縁と言うべきなのかも知れなかった。

大西智船長と塩津小学校の皆さん


島根県平田市立塩津小学校

平田市立塩津小学校

 塩津小学校は全校児童18人の完全複式学級の小学校。詳しめの地図で見ると、出雲大社や宍道湖などに近い

平田市内から、さらに山道を数キロ進んだ日本海側に、塩津の町を見つけることができる。漁業の町で、信号機

一つない静かな町に、塩津小学校はあるそうだ。「あるそうだ」と伝聞の形式になってしまうのは、私は塩津を実際

に訪れたことがないからで、実は山陰地方を旅行したこともない。かって、「萩、津和野、出雲、松江、倉吉の旅」

を一人で勝手に思い描いたことがあったが、実現しないまま今日に至っている。境港辺りに寄港するフェリーでも

あればいいのだが…。いつか、この地を訪れたい。

右側の部屋が、5・6年生の教室

 沖に見える白い船が、「れいんぼう」。手前の校舎の右側の部屋が、5・6年生の教室だ。この後ご紹介する倉掛

晴美さんの書かれた童話、『海の子の夢をのせて ありがとう「れいんぼうらぶ」』(石風社、2000年)は、この教室

での授業風景から始まる。この本は全文を紹介したいくらいだが、それはできないので、本の帯に書かれている本

文の一部を引用するに留めたい。

 「はるかな沖を行く白い船を、はじめに見つけたのは優です。

 ― やっぱり、同じ時間に通る……。

 きのうも、その前の日も、二時間目のおわるころ、きまって同じ場所に見えてくる船。

 優は、授業にたいくつすると、先生が黒板に字を書いているすきに、ついよそ見をします。

 船を発見できたのは、優のよそ見のおかげというわけです。

 「先生、あの船、毎日、同じ時間に通るよ」

 優は授業中ということも忘れて思わず声に出していました。(本文より)」

運動会

 この本に登場する子供達はすべて実名で、本田先生ももちろん「ご出演」されている。本の中で3年生、4年生とし

て登場している皆さんが、2000年現在の5・6年生ということになる。

5・6年生の皆さん

 ということで、こちらが現在の5・6年生の皆さん。全員、本に登場している。可愛いお手紙をいただき、それをここ

に紹介したいのだけれども、とても一つに絞ることはできない。そうかといって全員のを紹介することもできないの

で困ってしまう。「あってみたい石山さん」、「やさしそうな石山さん」には大照れ。しかし、とてもうれしかった。ありが

とう。

レインボー・コーナー

 平田市立塩津小学校

 〒691-0044 島根県平田市塩津町101-2

 電話・FAX 0853-66-0186

 塩津小学校のウェブ・サイトはこちら。

 塩津小学校 塩津小学校


『海の子の夢をのせて ありがとう「れんぼうらぶ」』

 

「いしやまさんこんにちは。僕たち私たちが船に乗ったときのことが、本になりました。「海の子の夢をのせて あり
がとうれいんぼうらぶ」 という題名です。石風社から出版、1300円です。ぜひ多くの方々に読んでもらいたいと思
います。」

 2000年9月19日に塩津小学校の皆さんから、このサイトの「ゲストブック」に書き込みを頂いた。早速、書店に注

文したものの中々入荷せず、やきもきしていたが、11月に入ってようやく入手した。

 私も全国の皆さんに是非読んでもらいたいので、ここでこの本を勝手に宣伝しようと思う。本の帯にはこんな紹介

文が附されている。

 「神楽の里・島根県平田市の小学校の、たった一人の六年生、優、ふたりの五年生、綾子としおり。沖ゆく白いフ

ェリーと子供たちの交流をあたたかな文章でつづる、実話から生まれた物語。「あの白い船、一体どこに行くだぁ

か……」 沖ゆく船を見た日から物語は始まった!(石風社)」

文・倉掛晴美 絵・いのうえしんぢ『海の子の夢をのせて ありがとう「れいんぼうらぶ」』

(石風社、2000年、定価1300円)

cover


映画化決定!

 大ニュース!「海の子の夢をのせて」は、平田市出身の錦織良成監督・脚本で映画化されることが決定した。菅

野美穂さん主演の錦織監督作品『守ってあげたい!』(2000年)などを配給した「ゼアリズエンタープライズ」が中心

となって製作委員会が発足し、平田市を始め、個人などから出資者を募る模様。2001年4月に正式に製作発表し、

夏に島根その他でロケーションを行い、2002年春に全国で公開する。

 映画の題名は「白い船」。映画製作部の非公式サイトはこちら。

白い船応援サイト「タイタニックをぶっ飛ばせ!」

 「白い船」公式サイトはこちら。

白い船

 錦織良成監督の公式サイトはこちら。

映画「白い船」の舞台

 音楽を担当した角松敏生さんのファンサイトはこちら。

Kadomatsu Web Site


白い船撮影風景

 こちらは2001年秋に、「れいんぼうらぶ」船上と島根県塩津沖で行われた、映画のクライマックスシーンの撮影風

景だ。映画に写っているかもしれない(?)阿部機関長に送っていただいたもの。映画は2002年初夏に公開され

た。

映画白い船の感想

「白い船」撮影風景

船長役の竜雷太さん


れいんぼう らぶ・れいんぼう べる

れいんぼう らぶ (RAINBOW LOVE)

れいんぼう べる (RAINBOW BELL)

 ところで、ここでちょっぴり悲しい現実に触れなければならない。「れいんぼうらぶ」「れいんぼうべる」の姉妹は、

室蘭―直江津―博多を結んでいたが、2001年夏、秋に一回り小さな11,400G/T の船と交代した。


(れいんぼうらぶ情報)

*2001年6月17日午後6時45分ごろ、東日本フェリーの「ばるな」(13,654G/T)が室蘭港に着岸後、再び動き出し、

前方に停泊していた「れいんぼうらぶ」に接触する事故があった。幸い怪我人などはなかった模様。軽く接触した程

度のもの、とのこと。

*2001年7月9日、新造船「ニューれいんぼうらぶ」(11,401G/T)が就航した。客室はすべて2等寝台となった。

*2001年7月10日より「れいんぼうらぶ」は、「れいんぼうべる」とともに、東日本フェリーの直江津―室蘭航路に就

航した(9月29日まで)。

*2001年9月28日「ニューれいんぼうべる」(11,410G/T)が引き渡され、10月5日より室蘭―直江津―博多航路に

就航。「れいんぼうべる」「れいんぼうらぶ」は売却される見込みで、「べる」についてはギリシャのAnek Linesが購入

するという情報もあった。しかし財政難からAnek Linesは購入を断念した模様。現在、「らぶ」は室蘭港に係船され

ている。

*2001年12月23日、室蘭港に係船されている「れいんぼうらぶ」の白い船体をスクリーンにして、港をドライブイン・

シアターにするイベント、「フェリーDEクリスマス」が開催された。

*2002年1月27日、「れいんぼうらぶ」は長崎に向け出港し、その後、「べる」と共に長崎港に係船された。

*2002年2月16日と18日映画「白い船」の完成披露プレミア上映会が、平田市、松江市で開催された。平田会場

は、2月16日に市立文化館プラタナスホールで正午、午後3時、同7時の3回。松江会場は、18日に県民会館中ホ

ールで午後7時からの1回で、錦織監督の舞台挨拶があった。

*5月18日先行ロードショー

(島根県)
松江SATY東宝、出雲シネマシャンテ、デジタルシアター益田中央、デジタルシアター江津中央、浜田東劇 

(鳥取県)
鳥取東映シネマ、米子駅前SATY東宝、倉吉パープルタウンシネマエポック

*6月先行ロードショー

(広島県
広島宝塚

*初夏〜夏 全国ロードショー

(北海道)スガイシネマプレックス札幌劇場(宮城県)仙台フォーラム(新潟県)新潟シネウィンド
(東京都)シネ・ラ・セット(愛知県)ピカデリー4(大阪府)OS劇場C.A.P(京都府)京都朝日シネマ
(和歌山県)和歌山帝国座(岡山県)シネマ・クレール石関(香川県)高松東宝(高知県)高知東宝
(福岡県)シネサロン・パヴェリア

*夏〜秋 全国ロードショー

(北海道)苫小牧シネマ・トーラス、帯広キネマ館、函館シネマアイリス(岩手県)盛岡フォーラム
(山形県)山形フォーラム(福島県)福島フォーラム(神奈川県)関内アカデミー(山梨県)甲府東映セントラル
(三重県)伊勢進富座(京都府)舞鶴八千代、福知山東宝(兵庫県)シネ・リーブル神戸、明石東宝
(奈良県)橿原シネアーク(山口県)テアトル徳山(愛媛県)松山シネマルナティック(福岡県)小倉シネシティ有楽
(大分県)大分シネマ5(長崎県)長崎セントラル(沖縄県)桜坂シネコン琉映

*2002年6月、横須賀―大分に新航路を開設するシャトル・ハイウェイ・ラインが、「れいんぼうべる」を購入したとの

情報。「らぶ」についても交渉中とのこと(後にこの話は破談となった)。

*映画「白い船」を記念して、島根わいん「白い船」(島根ワイナリー)と世界の花吟醸生囲い白い船(石橋酒造)が

発売された。いずれも限定販売。

*2002年8月4日、映画「白い船」の歌碑が平田市塩津町に完成し、除幕式が開かれた。市内の陶芸家安食ひろさ

んがデザインし、地元有志の白い船の会が建てた。角松敏生さんの製作した映画のテーマ音楽の歌詞が刻まれて

いる。

*2003年6月29日九越フェリーは親会社の東日本フェリーと共に会社更生法の適用を東京地裁に申請した。負債

額は194億円、東日本フェリーが580億円。

*2003年7月14日、「れいんぼう」の船主である長崎のハヤシ・マリン・カンパニーが、整理回収機構により東京地裁

会社更生法の適用を申請された。負債総額は736億円。

*「れいんぼうらぶ」は長崎に係船されていたが、その後三井造船由良製作所(和歌山県)、再び長崎で係船してい

たが、2003年8月1日より新来島どっく大西工場に係船とのこと。「べる」は、2002年夏より室蘭に係船中。

*2003年8月2日に塩津小学校で映画「白い船」の野外映画上映会が開かれた。

*2003年10月下旬、「れいんぼうらぶ」は韓国のWeidong Ferry約33億円で落札された。韓国と中国を結ぶ航路

に就航する模様。

*「れいんぼうべる」は、独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」2003年11月数億円程度で売却

*2003年11月28日、「れいんぼうらぶ」は韓国のWeidong Ferryに引き渡された。釜山で改修工事の上、2004年1月

下旬より、仁川―威海航路に就航する予定。売却価格は3,300万ドルと報道されている。

*2004年1月、「れいんぼうべる」の一部所有権を、宮崎カーフェリーが購入。関連会社のマリンエキスプレスが、

2004年3月24日から「フェリーひむか」として宮崎―大阪航路に就航させた。

*「れいんぼうらぶ」は「New Golden Bridge X」となって、2004年2月、仁川―青島航路に就航した。総トン数は

28,730トンで韓国国内最大の旅客船となった(船籍はパナマ船籍)。

*「フェリーひむか(れいんぼう べる)」は、ギリシャのHellenic Seawaysに売却され、「Ariadne」となって、2007年

6月にピレウス―クレタ島航路に就航。

*2006年12月25日より運休していた博多―直江津―室蘭航路は、2007年7月、再開見送りとなり、事実上廃止され

た。


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07/07/11