USS INDEPENDENCE (CV62)
インディペンデンスといっても、AMERICAN HAWAII CRUISES の ss Independence のことではない。1998年に退
役したU.S. NAVY のUSS Independence をこのページでは取り上げようと思う。
ところで、このサイトは「船」のサイトではあるものの、「船旅」に焦点を合わせており、貨物船や軍艦を取り上げる
ことはして来なかった。これは私自身あまりこれらの船に興味を持っていないという、ただそれだけの理由に基づく
ものであって、深い訳があるものではない。そこで言わば番外編として、1997年に北海道小樽に米空母インディペ
ンデンスが寄港したときの模様を紹介しようと思う。
このインディペンデンス小樽寄港は、空母が日本の民間港に入港した初めての出来事であり、また当時、日米防
衛協力のための指針の見直しがなされ、いわゆる新ガイドラインで謳われる、周辺有事の際の民間能力活用のた
めのデモンストレーションとも見られたために、大きな話題となった。しかしこのページでは、そうしたワシントン・レ
ベルでなされるような議論については一応棚上げにして、私なりの視点で寄港の様子を紹介したいと思う。
USS INDEPENDENCE (CV 62)
USS INDEPENDENCE (CV62) in Otaru
これがインディペンデンスだ。大きすぎて全体を撮影するためには、飛行機にでも乗らなければ無理のようだっ
た。満載排水量80,643トン。ここで簡単にこの船の歴史に触れておこう。
この船は1959年1月10日、ニューヨーク州のブルックリン海軍造船所で生まれた。1965年のベトナム北爆に参加
し、1990年の湾岸戦争や、1996年の中台緊張の際にも出動している。1991年9月、それまでの「ミッドウェー」に代
わって、在日米軍横須賀基地に配備されたが、1998年に退役し、現在は「キティーホーク」がインディーに代わって
横須賀に配備されている。
この日は大変に暑い日だったが、ご覧のような人出だった。30万人を超えたそうだが、人口15万ほどの田舎町に
これだけの人が集まったのは歴史的なことだろう。地元の労働組合などは寄港に抗議する集会を開いていたそう
だが、記録的な人出に抗議の声もかき消されてしまったようだ。
*Command History
USS INDEPENDENCE was commissioned as a
"Forrestal Class" attack aircraft carrier at the
Brooklyn Naval
Shipyard, New York, on January 10, 1959. She is the fifth U.S.
Navy ship to bear the name INDEPENDENCE.
In 1964 the ship deployed for more than seven months,
including 100 days in the South China Sea off the coast
of Vietnam. In August 1990 with Carrier Air Wing FOURTEEN
embarked, INDEPENDENCE acted to deter Iraqi
aggression during Operation DESERT SHIELD.
INDEPENDENCE changed homeports on September 11,
1991, to Yokosuka, Japan. In 1996, Indy ensured
peaceful free elections in Taiwan when she moved to the South
China Sea to monitor Chinese missile exercises
off the coast of Taiwan. On April 18, 1996,President Clinton
visited INDEPENDENCE in Yokosuka. She was
decommissioned in 1998.
Welcome aboard!
"Hi! May I take a picture of you?" と尋ねると、「だいじょ〜ぶ! もんだいな〜い!」と大きな声で答えてくれて、
ご覧のポーズをとってくれた。インディペンデンスにようこそ。軍艦というより、遊園地という感じだ。入口で簡単なパ
ンフレットをもらう。パンフレットは英語版なのだが、中にそれを日本語に訳した紙が挟まっていた。しかしこの日本
語版、大学受験生が訳したような英語に忠実すぎる日本語で、何か変だった。マルチュー(駐留軍従業員)の誰か
が訳したのだろうか。
HANGAR DECK
戦闘機等の格納庫はかなり広く、長さが300m、幅は30mある。つまりクルーズ客船の飛鳥を入れても、まだ100m
は余裕があるという大きさだ。ところがこの格納庫が見物人で埋まり、身動きがとれない。
ご丁寧に「インディ・グッズ」が販売されていた。帽子、T シャツ、マグカップなどがある。クルーズ船のノリだ。販売
していた兵士に、「これいくら?」と日本語で話しかけてみた。どうも分からないようだ。そこで 、"How much is it?"と
Tシャツの値段を聞いてみると、"Two thousand." という答えが返ってきた。つまり2000円だという。一瞬買おうかと
思ったが、デザインが日本の暴走族もビックリするくらいにケバケバしい日の丸と朝日とが踊っていて、ちょっと着
て歩くには抵抗があるものだった(戦闘右翼もぶったまげるようなデザイン)。そこで止めにした。
女性兵士も見かけたが、日本の自衛隊の女性隊員と違い逞しい。真紅のマニキュアをしていたが、強そうだっ
た。
F-14A Tom-cat
格納庫には塔載されている航空機が展示されていたが、軍用機のことはあまり知らないので、パンフレットを読
んでも興味が沸かない。しかし、この戦闘機が映画『トップガン(TOP GUN)』(1987年)に出てきたことくらいは分か
っている。この映画は米軍公認の映画らしく、そのサウンドトラック版の音楽、TOP GUN ANTHEM が高鳴ってい
た。
小樽に向かう途中、太平洋上で離発着訓練をしてきたそうだが、何と海に落ちてしまった機があったという。乗員
は無事だったそうだが、多分上官に絞られたことだろうと思う。映画のようだったかどうかは知らないが…。岩国に
行ったとき、岩国基地には航空母艦の形を描いた滑走路があり、そこで離発着の訓練を日夜していた。陸地と違
い揺れている船の上に着艦するのは、結構技術を要することなのだろう。
*F-14A Tom-cat
One squadron flies the F-14A Tom-cat, a two-seat, twin-engine
fighter, featuring adjustable wings for
increased maneuverability. Capable of long range air-to-air
intercepts, the Tom-cat can track up to 24 targets
simultaneously with its advanced weapons control system,
destroying them with a variety of air-to-air missiles
or 20 mm cannon.
格納庫の天井にはこんなものがごろごろしている。訓練用のもので中は空だそうだ。では本物は?「ない」という
ことだったが、そんなわけないだろう。
艦内には5000人以上の海軍兵と海兵隊員が乗組んでいる。海兵隊員は腕に刺青をしているマッチョなタイプ。し
かしよっぽど船が嫌なのか、我先にオカに上がりたがる傾向があるようだ。おそらくかっての映画『踊る大紐育
(ON THE TOWN)』(1949年)のジーン・ケリーやフランク・シナトラみたいに、「可愛い女の子がいないのかな」といっ
た淡い期待をもって飛び出して行っているのだろう。しかし、1995年の沖縄の女子小学生強姦事件の影響もあっ
て、世間の目は厳しい…。と、ここで終わらせると現実を正確に描写したことにはならないのでもう少し続けよう。ど
うも米兵目当ての女の子もいるようで、早速腕を組んで歩いているツワモノがいた。横須賀のドブ板通り (Honch)
にもそうした子は多いから驚かないが、アメリカの田舎から出てきた純な彼らを誘惑しちゃいけないな。もっとも真
面目な「反戦市民運動家」などは、呆れてものが言えないことだろう。
見物人はこんなに押しかけた。これだけ人を集めるイベントはそう簡単にはできない。この魅力は一体どこにあ
るのだろうか。色々な分析ができるだろうが、一言で言えば、「楽しい」からだろう。危険な兵器の魅力?そうしたも
のもあるだろうが、私は「モノ」よりは「ヒト」ではないかと思う。ヨーロッパ人のような取っ付きにくさがなく、すぐに友
達になれてしまう、そうしたアメリカ人の陽気さかなと思う。このように軍隊を魅力的なものに見せてしまう力という
のは侮れないだろう(「楽しい」と表現することが不謹慎だというご批判があることは承知の上で、本音を書いてい
る)。
護衛艦しらね
実はインディーには日本の護衛艦しらねが同行していた。こちらは未公開で、それどころか近づくことすら禁じて
いた。この前の道路を直進しようとしたところ、地元の警察官に「だめでしょう。」と威圧的な感じで言われた。カチ
ンときたので、「だめなんですか。」と聞き返すと、その警察官は視線を合わせずに私を無視した。どうもこの警察
官は標準語がうまく話せないらしい。
こうしたことがあったので、私はこちらの船にはあまりいい印象がない。残念なことだが…。米軍に比べ、広報活
動は苦手なようだ。これは国民性の違いによるところが大きいのだろう。どうしても日本人は威張りたがる。
USS MOBILE BAY (CG 53)
USS MOBILE BAY (CG53)
インディーにはミサイル巡洋艦 (Aegis Guided Missile Cruiser) のモービル・ベイも同行していた。こちらは満載排
水量9,516トンの船だったので、乗組員と気軽に言葉を交わすことができ、そうした点で楽しかった。
簡単にこの船を紹介すると、モービル・ベイはミシシッピー州の生まれ、1987年に就役した。1990年に在日米軍
横須賀基地に配備され、同年の湾岸戦争の際にも出動している。
*Ship History
MOBILE BAY was built in Pascagoula, Mississippi, by Ingalls
Shipbuilding Division of Litton Industries. She was
commissioned on 21 February 1987 at the Alabama State Docks in
Mobile, Alabama.
In June of 1990, MOBILE BAY shifted homeports from Mayport,
Florida to Yokosuka, Japan. Shortly thereafter,
MOBILE BAY deployed in August 1990 in support of Operation DESERT
SHIELD and STORM, becoming the
first Aegis cruiser to circumnavigate the globe.
「艦長より歓迎のご挨拶」というペーパーがあるので、ここに紹介しよう。原文のまま掲載する。
「本日は、イージスシステムを塔載した本艦にご来艦下さり、乗組員一同光栄に思います。米海軍艦隊の盾と呼
ばれる本艦は、最新鋭タイコンデロガ級第7番艦です。海軍戦力の至高性を追及して設計されたこの級の巡洋艦
は、世界のどの海軍艦艇と比べても、最先端の対空及び水上打撃能力を備えています。イージス巡洋艦は、21世
紀を迎えても、空母戦闘群を護ることができる、と米海軍は考えています。(中略)
然し乍ら、ご来艦中は乗組員に目を向けて下さい。乗組員は、南北戦争に由来する艦銘を誇りとし、各々の職域
で技量を磨き各種の機器を操作し、誠実に任務を実行する正に現代の英雄であり、且つプロの集団です。
本日は、モービルベイにご来艦下さり、本当にありがとうございます。”自由の旗艦”をモットーとする本艦をごゆ
っくり見学して下さい。」
ということで、「ごゆっくり見学」したかったのだが、これが大変だった。このモービルベイの前にもたちまち長蛇の
列ができ、炎天下、2時間以上は待たされる羽目となった。一度に乗船できる見学者の数が限られているため、列
は長くなる一方。気分が悪くなって途中であきらめる人も現れ始めた。
そうしたときに自然発生的に前の方にも列ができ、割り込む形で早く乗船する人が現れ始めた。怒ったのは私な
どが並んでいた列の人達で、前方で口論が始まり、ちょっと危ない雲行きになってきた。見学は中断され、連絡を
受けた日本の警察官がやって来た。見学者の中には警察官に罵詈雑言を浴びせ、怒って帰ってしまう人もいた。
日頃の鬱憤を晴らしているようでもあった(しかし折角並んでいたのに見学しないで帰ってしまうのはバカだよね)。
ところがこうした中、興奮した見学者の一人が、何と警察官の頭をポンと叩いたのだった。一体、どうなることかと
思ったのだが、米軍の懸命の説得と問題は生じなかったことにしておきたい警察の利害が一致したのか、この件
は不問に附されたようだった。
さてこの混乱をどう静めるのか。人の悪い私はじっくり観察していた。若い士官が現れ、「こうした混乱が生じたら
見学は中止しなければならない。前の列の人と後ろの列の人を交互に乗船させるので、従って欲しい。必ず見学
はできる。英語を話す人は私の言うことを日本語に訳して周りの人に伝えて欲しい。」そうしたことを大声で話して
いた。しかし私は「周りの人に訳して伝える」なんて、たいそうなことはしなかった。そんなことしたら、混乱に巻き込
まれそうだったからだ。この士官の話で、列に並んでいた人はどれだけ意味が分かったのかは不明だが、一時の
興奮は収まった。この士官、うなじに傷跡がある方だったが、指導力のある人だったと思う。艦長以下、米軍兵士
はこのミッションを成功させるのに必死のようだった。
一方…、と言って日本の警察官の悪口は書きたくないのだが、先ほどの件もありちょっと悪口を書きたくなる。年
齢的にはこの艦の米兵と同世代なのだが、頼りなげで子供っぽい。列に並ぶ私達には「協力してください!」などと
叫ぶのだが、隣にいる米兵とは意思疎通が全くできないようだった。視線すら合わせることができずにいるが、威
厳を保つため、威張っているという風だった。そのようすが歯痒かった。ちょっと連絡をとりあえるだけで随分違うは
ずなのに。やっぱり英語は第二公用語にした方がいいのかな。しかしこの件で、私は院生時代にある教授がアメリ
カに留学したときのことを思い出した。その教授は食事が満足にできずに痩せてしまったという。未開の国に行か
れたのならまだしも、信じられないことだった。この日本では、信じられないことがどうやら現実らしい。
5 INCH GUN
MK 41 VERTICAL LAUNCHING SYSTEM
5 INCH GUN
やっと私の番がきた。入口で "Good Afternoon." と声を掛けると、「こんにちはございました」と大きな声が返って
きた。混乱があったので、艦橋には入れてもらえなかった。そこでこんなものを見て歩く。あちらこちらに禁煙の表
示があるのが可笑しかった。見学者に対する注意ならば分かるが、そうではない。火気厳禁は当たり前だろうに。
乗船時にもらったパンフレットには南北戦争時の「モービルベイの戦い」について長々と書かれていたが、正直に
言うと私は南北戦争については『風と共に去りぬ』以上の知識はない。しばらく甲板でぼんやりする。
SHIP'S BELL
するとこうした鐘を見つけた。先ほどのインディペンデンスにも南北戦争に因んだ由来があり、その戦争で掲げた
最初の海軍首旗 (First Navy Jack) を掲揚する栄誉にあずかる船だといった解説があったが、アメリカの軍艦は
最新の装備を備える一方で、小学校の歴史の教科書に出てくるような古い話しを引きずっているのが面白い。
鐘の脇の解説にはこうしたことが書かれていた。訳すのが面倒くさいので、そのまま掲載する(笑)。こちらは第
二次世界大戦のお話だ。
*SHIP'S BELL USS MOBILE (CL 63)
COMMISSIONED 24 MARCH 1943, THE LIGHT CRUISER USS MOBILE
SERVED IN THE SOUTH PACIFIC
DURING WORLD WAR U. SHE SAW EXTENSIVE ACTION AND RECRIVED
ELEVEN BATTLE STARS.
USS MOBILE WAS DECOMMISSIONED 9 MAY 1947. THE BELL WAS PUT ON
DISPLAY ABOARD THE USS
ALABAMA MEMORIAL IN FEBRUARY 1972.
THE MOBILE BELL WAS PRESENTED TO USS MOBILE BAY (CG 58) BY THE
USS ALABAMA BATTLESHIP
COMMISSION AT COMMISSIONING ON 21 FEBRUARY 1987 FOR HER PERIOD OF
ACTIVE
SERVICE.
船首にはこうしたモデルまで用意されていた。他の乗組員は遊びに出かけているのに、これは損な役回りだ。ご
苦労様だ。
ご苦労さまと言えば、乗船時の混乱を静めた兵士達だった。その他大勢の中に入ってそのまま降りて来ても良
かったのだが、一言いいたかった。そこでタラップの下で先ほど必死になって混乱を静めていた兵士に、"Thank
you."と握手を求めた。すると彼はちょっと驚いた風で、しかし、"You are welcome." と手を握り返してきた。少し目
が潤んでいるようだった。私はこのときアメリカ兵の気質を垣間見たような気がした。言葉は悪いが、非行少年、あ
るいは任侠の世界と通じるというか、つまり「お前さんはよくやった。俺はお前さんのことを気にかけているぞ」と言
うとえらく嬉しがる人種というか、とにかく気のいい連中らしい。もちろん色々な人間がいるだろうが、可愛い連中だ
った。
(1997年9月6日取材)
第20回航空ページェント(札幌丘珠空港)
the E-2C HAWKEYE
実は並行して札幌の丘珠空港では航空ページェントが開かれていた。こちらにもインディペンデンス搭載機が参
加していたが、停泊中の空母からは離発着できないため、厚木基地からの参加だった。
丘珠空港には陸上自衛隊丘珠駐屯地・札幌飛行場が隣接している。ここの基地祭を兼ねているようだったが、
見学者のお目当てはやはり米軍機だった。
空軍のパイロットはへリの写真を売っていたが、商売はさっぱりのようだった。飛行機乗りはインテリらしく、ちょっ
とプライドが高そうだった。まぁ、それはそうだよね。ところで彼らは一般の自衛隊員とは自由に意思疎通ができる
のだろうか。先ほどの警察官の件があったので、だんだん心配になってきてしまった。
(1997年9月7日取材)
USS KITTY HAWK (CV63)
こちらはおまけのコーナー。現在横須賀に配備されている、USS KITTY HAWK を簡単に紹介しよう。写真集とし
て気楽にどうぞ。
USS KITTY HAWK (CV63)
キティー・ホークは満載排水量86,000トン。1961年4月29日ニューヨーク州のブルックリン海軍造船所で生まれ
た。しかし、見た目はインディペンデンスよりも小さく見える。パンフレットによるとこんな解説がなされている。
「空母キティー・ホークは米海軍の12隻の空母のうちの1隻です。空母は海軍航空の真髄であるだけでなく、私達ア
メリカの防衛政策の中心的存在でもあります。アメリカが政治・経済情勢の安定に重大な関心を持っている地域で
は、前方展開する空母はしばしば我が国の国益と関与を目に見える形で現す唯一の役割を果たしています。”海
上から前方へ…”という教義は、国家軍事戦略の遂行において米海軍のこの役割をはっきりと定義しています。
1日に700海里航行でき、かつ自活できる空母と空母航空団は、平和的な外交から戦闘まで、国家の目標の実現
のために広範囲な任務を遂行することができます。過去において何度もアメリカの空母は、接受国への上陸や停
泊や政治的問題に関わることなく、国家の安全を守り世界平和を維持するために、危機が発生した現場に最初に
駆けつけてきました。」
いよいよ乗船。右の水兵はひょうきんで、日本語が達者だった。どこかのクルーズ船よりも愛想がいい。
FIRST NAVY JACK
この旗は「最初の海軍首旗」(First Navy Jack)。パンフレットにはこんな解説が附されている。
「1775年秋、米海軍がデラウェア州で戦闘態勢に入ったとき、エセック・ホプキンス准将は艦隊通信信号を発令し
た。交戦開始の信号は、「縞の艦首旗と海軍旗を掲げよ」であった。その最初の海軍首旗には、13本の紅白の横
縞を背景にガラガラ蛇が斜めに這っていて、「私を踏みつけるな」という言葉が書かれていた。
1977年海軍長官は、現役最古参の軍艦にのみこの海軍艦首旗を掲揚せよと命令し、その軍艦が退役するかまた
は非現役扱いとなるときには、次に古い軍艦に適宜儀式を挙行し、その旗を引き渡すこととした。米海軍最古参の
軍艦がこの旗を掲げることは、これまでの働きに敬意を払い、乗組員の自尊心を高揚させ、士気を向上させ、そし
て海軍の伝統に貢献するものである。」
*First Navy Jack
As the first ships of the Continental Navy readied in the
Delaware River during the fall of 1775, Commodore
Esek Hopkins issued a set of fleet signals. His signals for the
fleet to engage the enemy provided for the
"Strip'd Jack and Ensign at their proper places." Thus,
the First Navy Jack was a flag consisting of 13
horizontal alternating red and white strips bearing diagonally
across them a rattlesnake in a moving position with
the motto "Don't Tread On Me."
In 1977, the Secretary of the Navy directed that the ship in
an active status with the longest total period of
active service shall display the first Navy Jack until
decommissioned or transferred to inactive service, at
which time the flag shall be passed to the next ship in line with
appropriate honors.
HANGAR DECK
格納庫(hangar deck)はこんな感じ。航空機ファンでごった返す。先代のインディペンデンスより狭い感じがした
が、実際はどうなのだろう。
FLIGHT DECK
こちらは飛行甲板(flight deck)。面積は1.64ヘクタールとのことだが、ピンとこない。カタパルトの脇から水蒸気が
上がっていた。航空機塔載数は75機以上とのこと。
さて、空母の右舷にある艦橋・砲台・煙突を一緒にしたような部分を、アイランド(ISLAND)というが、そのアイラン
ドに、こんなエンブレムがとりつけられていた。「キティー・ホーク」に「複葉機」とくれば、何でしょう。そう、ライト兄弟
(The Wright Brothers)だ。1903年12月17日午前10時30分、ノースカロライナ州キティー・ホーク(Kitty Hawk)で、ライ
ト兄弟は初めて動力飛行に成功した。そういえば、百周年の2003年に飛行を再現する計画があるが、実はその年
に、この空母は退役することになっている。
こんな可愛い女性兵士もいた。こちらが、"Thank you." と声を掛けると、「どういたしまして。」と深深と頭を下げて
礼をしてくれた。あまりの「大和撫子」ぶりにちょっと驚いてしまった。
こちらはキティー・ホーク・グッズ。他にTシャツ、帽子などがあった。日本人の好みを研究してか、デザインが各
段に良くなっていたように思う。ひょっとしてインディー見学記を情報将校の方が見ていたのかな。もしよかったらE
メールください。英語でも構いませんよ(笑)。
(2000年10月14日取材)
追記 先日このキティー・ホークの写真をカリフォルニアの退役軍人の方に送ったところ、「海軍(U.S. NAVY)のサ
イトでも紹介されているよ。」とのEメールを貰いました。世界は狭くなったものです。
〔関連リンク〕
COMMANDER, U.S. NAVAL FORCES, JAPAN
NAVY LEAGUE OF THE UNITED STATES
このWebページに掲載された写真はすべて私が撮影したものであり、法律上、著作権は私に帰属しますが、コン
ピュータにダウンロードして閲覧するというインターネットの特殊性から、その主張は極めて困難と考えます。
そこで、著作権の主張は致しません。
This music is downloaded from The CINEMA Search Engine download archives.
02/09/16