海の上のピアニスト (THE LEGEND OF 1900)
西暦2000年を迎えた。早速コンピュータを起動させてみたのは私だけではないと思うが、2000年問題修正モジュ
ールをちゃんとインストールしていたためか、日付等の機能に問題は生じていなかった。またインターネットも問題
なく接続することができ、現在のところコンピュータの誤作動等は生じていないようだ。そして、このサイトも誕生して
6ヶ月が経過した。
さて、そうして迎えた西暦2000年、お正月のテレビ番組はパッとしない。テレビは年々つまらなく、衰退する一方に
あるようだ。どうやら良質の番組を生み出すための人材や能力、意欲すらも欠くようになってきているらしい。では
映画はどうか。日本映画はお寒い限りだが、今年のお正月映画には地味ながらいい映画があった。その中の一
本、「海の上のピアニスト」(原題はTHE LEGEND of 1900)を紹介しつつ、私なりに料理してみたいと思う。
この映画は、イタリアの中堅作家、アレッサンドロ・バリッコ(Alessandoro Baricco)の書いた一人芝居、『ノベチェ
ント、ある独白』(NOVECENTO Un monologo)という戯曲を原作とするものだ。映画は原作にほぼ忠実であるが、
原作同様、ストーリらしいストーリのない、捕らえどころのない作品となっている。あえてストーリを言えば、「豪華客
船の中で生まれ、一度も船を降りることのなかった天才ピアニストの伝説」ということになろうか。とにかくありそうも
ないような不思議な話なのだけれども、人を捕らえて離さない魅力に満ちている。監督は『ニュー・シネマ・パラダイ
ス』(Nuovo cinema Paradiso, 1988)のジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore)、主人公ナインティーン・ハン
ドレッドをティム・ロス(Tim Roth)が演じている。
この映画、見ていてとても心地よい。とりわけ嵐の夜、右に左に揺れる船のラウンジで、ピアノのストッパーを外
し、ピアノと一体化してクルクル走り回りながら音楽を弾くシーンは、ピアノとダンスをしているようでとても楽しい。
船が揺れることはいいことではないが、船の好きな皆さんならば、船は揺れるからこそ好きなのではないだろうか。
そんな船好きにとって、このシーンは現実にはありえない場面ではあるものの、船好きの夢を叶えてくれるものとい
えるだろう。
また船客を見ながら即興で作曲し、ピアノを弾くシーンも面白い。このシーンは、パントマイムで演じる役者の演
技という芸を楽しめるが、それと同時に音楽を担当したエンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)の作曲という芸も楽
しめ、プロの技を堪能できる。最近の映画は派手なコンピュータ・グラフィックスによるアニメーションが売り物で、
俳優の芝居は二の次といった映画があまりに多い。そうした中で久しぶりにこうした映画を見ることができ、満足で
きた。それにしても音楽のエンニオ・モリコーネ、ただものではないことは承知していたが、やはりただものではな
い。『荒野の用心棒』(1964年)、『シシリアン』(1969年)…随分長く活躍されている映画音楽の大御所だが、これが
同じく映画音楽の大御所、ジェリー・ゴールドスミスだったらどんな曲をつけるのだろうかと、想像してしまった。
さらにジャズ・ピアニストとのピアノでの決闘シーンは、それだけでも十分なエンターテメントといえるものだ。一体
どうやって撮影したのだろうか。
このように、この映画は見ていて心地よく、楽しく、またロマンティックな大人のお伽噺なのだけれども、見終わっ
てからどう受けとめたらよいのだろうかと考え出すと掴み所がなく、実はよく分からない話である。学校の国語の時
間ではないが、「この作品で作者の言いたかったことは?」と問われると、頭を抱えてしまう。船で生まれ、船で育っ
た男は32歳にして初めてオカに上がろうとするが、ニューヨークの果てしのない町並みを目の当たりにしたとき、船
を降りることを止めてしまう。
「ぼくはこの船で生まれた。この船には、世界がやって来ては、去って行った。でも、一回に二千人ずつだ。ぼくに
だって、夢はあったさ。でも、そいつは舳先と艫のあいだに収まる夢だった。無限ではない鍵盤の上で自分の音楽
を弾く、それがぼくの幸せだった。そうやって、自己流に自分の音楽を生み出してきた。陸地というのは、ぼくには
大きすぎる船。長すぎる旅。美しすぎる女。強すぎる香水。ぼくには弾くことのできない音楽。許してくれ。ぼくは船
を降りない。帰らせてくれ、ぼくのいるべき場所に。」(アレッサンドロ・バリッコ『海の上のピアニスト』(白水社、1999
年)129頁)
この主人公について作者は、肯定も否定もしていない。答は観客が探してくれ、という訳だ。この主人公を「自閉
症の臆病者!」と批判することはたやすい。しかし、それだけの話なのだろうか。そうでもなさそうであり、そこから
先が分からなくなる。その分からないところがこの映画の魅力ともなっている。
ただ私はこの主人公が羨ましい。なぜならどんなに長い船旅でも必ず終わりがあり、最後は船から降りなければ
ならず、主人公のように船から降りずに一生を過ごすことはできないからだ。船旅好きといっても色々な船旅好き
がいらっしゃることと思うが、船に乗ること自体が好きという方ならば、主人公ナインティーン・ハンドレッドが羨まし
く思うのではないだろうか。もっともそうは言っても、船と共に爆死するまで徹底する方はいないだろうが…。
「何かいい話を心の片隅にもっているかぎり、そして、それを語る相手がいるかぎり、人生まだまだ捨てたもんじ
ゃない。」 この映画の台詞だが、なかなかいい台詞だと思う。
SONY CLASSICAL SK66767
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01/12/03