瀬戸内海のフェリー
日本地図を広げてみると、東日本には離島が少ないのに対して、西日本には離島が多く、とりわけ瀬戸内海に
は多数の島々が存在していることがわかる。離島が多いと、当然、本土と離島を結ぶフェリーが必要になることか
ら、瀬戸内海には多くのフェリーが日夜行き交うことになる。
東日本にお住まいの皆さんは、北海道航路に就航しているような大型の豪華な長距離フェリーに乗船する機会
にはめぐまれても、日常の生活の中で船に乗る生活をされている方は少ないのではないだろうか。これに対して、
西日本にお住まいの皆さんは、例えば帰省の際にフェリーを利用されたり、あるいは通勤通学に船を利用されたり
するように、日常的に船に乗る生活をされている方が比較的多いのではないかと思う。
このページでは、正に生活船として活躍している瀬戸内海のフェリーを幾つか紹介することとしたい。このサイト
からリンクさせていただいているサイトに「がんばれ!フェリー」という題名のサイトがあるけれども、小さい体で毎
日働いている瀬戸内海のフェリーを見ていると、確かに私も、「がんばれ!フェリー」と、思わず応援したくなる。
*There are many ferry routes in SETONAIKAI (Inland Sea).
門司(MOJI)
今回の旅は門司から始まる…訳ではないが、便宜上西から東に瀬戸内海を旅してみたい。フェリーが出ている
新門司は山を越えて反対側の周防灘に面している。この門司の次の駅は小森江だが、作家の林芙美子の生まれ
たところとしても知られている。林芙美子に関心のある方は、門司港の旧三井倶楽部の中にある林芙美子記念資
料室や、尾道の尾道市文学記念室などを訪れるのがよいだろう。
フェリーおおさか(名門大洋フェリー、北九州(新門司)―大阪南港)
(FERRY OSAKA)
瀬戸内海のフェリーは見てお分かりのように、車両甲板一杯に窓が開いている。海が穏やかなため、船体を軽く
するためにそうした構造になっている。このフェリーはお盆や正月には帰省客で混雑するらしい。私が乗船したとき
は、台湾からの団体客が大勢乗船していてにぎやかだった。
フェリーすおう(阪九フェリー、北九州(新門司)―神戸(六甲アイランド))
(FERRY SUOU)
「We Love KOBE」という文字が印象的だが、この船に乗船してしまうと残念ながら見ることができない。ちょうどス
ヌーピーの姿が描かれた飛行機に搭乗したときと同じ現象が生じることとなる。
ところでローマ字の表記法だけれども、神戸はKOBEでよいのだろうか。私はKOUBEとしたほうが正確だと思うの
だけれど。大阪もOOSAKAとするとなんとなく野暮な感じがするからオサカとするのかもしれないが、どんなものだ
ろう。もっともTOKYOをTOUKYOUとすると、さすがに誰にも分かってもらえそうもないような気がするので、私も
TOKYOとしている。
由布(広別汽船、別府―広島―呉、1999年6月航路廃止)
(YUFU)
呉港にて。(At port of Kure.)
スィートルーム(Suite room)
残念ながらこの航路は廃止されてしまい、現在は乗船することができない。夜、呉を出港すると早朝に別府に到
着するので、時間を有効に使えて便利な船だった。1997年に出版された『船旅ガイド’97』の中でこのスィートルー
ムが紹介されていて、是非とも乗船したいと思った私は本当に乗船してしまった。「思考は現実化する」とは、この
ことかも知れない。
ところで呉には、「海軍さんの珈琲」という名物コーヒーがある。このコーヒーを販売する昴珈琲店を訪れたとき、
私が遠方から来たと知って細野社長以下皆さんの大変な歓迎を受けたことは、いい思い出のひとつになっている。
「海軍さんの珈琲」は旧軍港の呉、佐世保、舞鶴、横須賀で販売されている。「本当にそうかな」と思って私は全て
の旧軍港を巡ってしまった(バカだね、俺は)。この他、「ドミニカープ」(広島)、「漱石先生の珈琲」(熊本・松山)、
「鴎外先生の珈琲」(津和野)、「クラーク博士の珈琲」(札幌)、「古の北乃珈琲」(稚内)などがある。
みせん丸(西日本旅客鉄道、宮島―宮島口)
(MISEN-MARU)
みせん丸(MISEN MARU)
厳島神社(Itsukushima Shinto Shrine)
宮島航路は現在唯一残る鉄道連絡船。ではなぜ宮島航路が鉄道連絡船となったのか。…どうでもよいような問
題だが、その昔、山陽鉄道という私鉄があって、そこが宮島航路も経営していたが、1906年の鉄道国有法により
国鉄に買収され、そのときにこの航路も国鉄に併せて買収されたという事情に基づくらしい。初代の彌山丸は1921
年から1954年まで運航された。厳島神社の大鳥居を眺めながら、ホカホカのもみじ饅頭をパクつくのもいい。
* Itsukushima Shinto Shrine
Shrines are buildings dedicated to the gods of Shintou. Itsukushima Shinto Shrine (Hiroshima) is one of World
Heritage in Japan.
伊予(中・四国フェリー、竹原―大三島(宮浦)―今治(波方))
(IYO)
正に島で暮らす人々の生活船として活躍しているのが、こうしたフェリーだ。実は私が大三島を訪れた時は台風
が接近していて、欠航になったら島から脱出できなくなる虞があり心配した。島の人によると、海が時化始めると真
っ先に止まるのがこのフェリーだそうだ。それだけ慎重な運航をしているのだろう。
大三島は信じられないくらい静かな島だった。風の音しかないといっても言いすぎではない。しかも島では女性と
お年寄りしか見かけなかった。瀬戸内海の離島のこうした問題は話には聞いていたが、実際目の当たりにすると
色々と考えさせられる。
たけはら(山陽商船、大崎上島(垂水)―竹原)
(TAKEHARA)
竹原には船で渡った。竹原はかって製塩業で栄えた町で、町並み保存地区には豪商達が立てた豪邸が保存さ
れている。北海道への北前船も寄港したそうだが、現在は港町として紹介されることはあまりなくなったのではない
だろうか。
瀬戸内海には写真にあるような構造の船が多い。瀬戸内の人々には当たり前のよくある船でも、私には珍しく感
じられる。
金星(石崎汽船、尾道―大三島―松山、1999年5月航路廃止)
(KINSEI)
しまなみ海道の開通は、この辺りに住む人々にとって明るい話題なのだろうか。しかし、船好きとして無責任なこ
とを言わせていただくと、橋の開通によってあちらこちらの航路が廃止され、私にとってはあまり楽しい話題ではな
い。この水中翼船金星もそうした中で消えていった船の1つ。この船は確かに速いが、エンジンの音がゴボゴボと
響き渡って、その音があまりに心地よくて眠くて仕方がなかった。乗客の大半が大きく口を開けて眠っていた。
尾道(ONOMICHI)
尾道渡船(Onomichi Ferry)
千光寺山からみた尾道の町並み(Onomichi town)
岸元ライン(Kishimoto Line)
林芙美子像 (Fumiko Hayashi, novelist,1904-1951)
「海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた
小さい町の屋根が提灯のように拡がってくる。赤い千光寺の塔が見える、山は爽やかな若菜だ。緑色の海向こう
にドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。私は涙があふれていた。」(林芙美子『放浪記』)
尾道の街と尾道水道を挟んで対岸にある向島との間には、現在6社が6つの航路を運航している。橋代わりに気
軽に利用されており、市民の生活に欠かせないものとなっている。尾道は迷路のような街なので、旅行者はたちま
ち迷子になってしまうだろう。それがまた楽しい。
第87玉高丸(四国フェリー、高松―宇野)
(No.87 TAMATAKA-MARU)
高松港にて。(At port of Takamatsu.)
船内に貼られていた運輸省(当時)のポスター。
この部分は、実はコラムとして書いた「Webこんぴら参り」の続編だ。こんぴらさんを参拝した後、コトデンで高松に
出て、このフェリーに乗った。だからフェリーのりばのネオンに「賀正」の文字が見えることになる。
ところで船内にご覧のようなポスターが貼られていたが、『インデペンデンス・デイ』と交通機関の安全がどう結び
つくのか、頭の悪い私にはよく分からない。地球を侵略しようとした宇宙人をコンピュータ・ウイルスで撃退する話だ
ったはずであり、宇宙船の安全運航をテーマにはしていなかったはずだが…。防衛庁のポスターならば分からなく
はないけれど。
K−JET(海上アクセス、関空ポートターミナル―神戸CAT、2002年2月航路廃止)
この旅もようやく神戸にまで来た。ジェットホイルは速くて揺れなくて快適だ。ただこの船を利用する場合1つ問題
なのは、神戸から関空に向かう場合はK-CATで手続が出来便利だとしても、逆に神戸に向かった場合、K‐CAT
から三宮に出るのが大変な点だ。タクシーに乗りたくない倹約家はポートライナーの駅まで歩かなければならない。
もちろん私は歩いてしまった(だからかどうかは分からないが、経営不振から2002年に破綻してしまった)。神戸の
街はあの震災を忘れさせてくれる程復興したと言ってよいが、ポートアイランドは全体的にふわふわ歪んでしまった
ようで、舗道を歩いていると、斜めになっているような気がしてくる。
おれんじ7(四国開発フェリー、新居浜―東予―神戸(六甲アイランド)―大阪南港)
(ORANGE 7)
もう船名を書いてしまったので、クイズはできないが、この写真だけでどこの船か分かる人は船旅マニアと言って
よいだろう。大阪南港にはこの他、沖縄行きのフェリーなどが停泊していた。
大阪南港(OSAKA)
大阪フェリーターミナル(OSAKA FERRY TERMINAL)
冒頭で取り上げたフェリーおおさかに新門司港から乗船すると、翌日にはここ大阪フェリーターミナルに到着する
ことになる。フェリーターミナルとしては珍しく、交通の便がいい。ニュートラムに乗って早速住吉大社に出掛けるの
は私だけかもしれないが、そこからさらに阪堺電軌で新世界に繰り出すと、徹底的に大阪を満喫できる。通天閣で
買った『ザ・大阪弁、OSAKA DIALECT』というカセットテープは、大阪弁をマスターするのに最適だった(と言うのは
ウソかもしれない)。
終わりに
呉港(Port of Kure)
豪華船の旅も楽しいが、私はへそ曲がりなのか離島航路など、生活の匂いのするフェリーに乗る旅に惹かれる。
瀬戸内海にはそんなフェリーがたくさんある。
ここに掲載した写真はすべて私が撮影したものであり、法律上、著作権は私に帰属しますが、コンピュータにダウ
ンロードして閲覧するというインターネットの特殊性から、その主張は極めて困難と考えます。
そこで、著作権の主張は致しません。
流れている曲の著作権は、Classic MIDI Roomに属します。
02/02/08