新航路 苫小牧―敦賀航路 乗船記


 好景気に沸くアメリカでは、映画TITANIC等のヒットと相俟って大変なクルーズ・ブームらしく、新造船の就航が相

次いでいる(1999年当時)。こうした明るい空気は、アメリカのサイトにアクセスするだけで伝わってくる。しかしアジ

アは不況のどん底であり、フェリーやクルーズの世界とて例外ではない。1999年の日本では、しまなみ海道開通に

伴う航路の休廃止、有村産業の倒産、近海郵船の旅客部門からの撤退など、船旅ファンにとり、ため息のつきたく

なる話題が多かった。造船業界にしても、将来の見通しは決して明るいとは言えない。そうした中で唯一の明るい

話題が、新日本海フェリーの苫小牧―敦賀航路という新航路の開設だ。もっともこの航路は秋田県の陳情を受け

て開設されたものではあるものの、競合するフェリーの発着する室蘭市が市議会を挙げて反対運動を展開するな

ど、すんなりと開設に漕ぎ着けたものではなかった。しかし、そうした裏話はあるものの、船旅ファンの一人としては

素直に新航路の開設を喜びたいと思う。長距離フェリーで秋田に行けるようになったのであり、旅の選択肢が広が

ったからだ。

 そこで早速この新航路をレポートしたいと思う。例によって写真が多いが、表示されるまでのんびり待っていただ

きたい。

 

 * I introduce a new ferry route (Tomakomai - Tsuruga) to you.


苫小牧(TOMAKOMAI)

苫小牧(TOMAKOMAI)

 北海道苫小牧市は、いわゆる企業城下町だ。写真に見える煙突は王子製紙苫小牧工場のものであり、この街

のシンボルと言って良いだろう。アイスホッケーなど、北国ならではのスポーツが盛んな街でもある。

 

 JR苫小牧駅前の市営バスターミナルからは、連絡バスが出ている(1999年現在、18:00発 運賃700円)。太平洋

フェリーや東日本フェリー、商船三井フェリーなどが使用している、苫小牧港フェリーターミナルとは場所が全く異な

るので注意が必要だ。決して@のりばから出るバスには乗らないように。苫小牧東港周文フェリーターミナルはJR

苫小牧駅から30km離れている。およそ40分ほどかかる。ご自分で運転していく場合は、日高自動車道厚真I.C.か

ら約2.5km、あるいは道央自動車道苫小牧東I.C.から約20kmの地点にある。案内板があちらこちらに立っているの

で、迷うことはないと思うが、意外に遠いので、そのつもりでいた方が良いと思う。

 

苫小牧東港周文フェリーターミナル(TOMAKOMAI HIGASHIKOU SHUUBUN FERRY TERMINAL)

 さてここが今回の船旅の出発地、苫小牧東港周文フェリーターミナルだ。辺りは本当に何もない原野で、いかに

も北海道の開拓地に立つ一軒家といった風情だ。歩いて人家のあるところにまで行くことは出来そうにない。ここ

のターミナルに勤務している方はどうやって通勤しているのだろうと、要らぬ心配をしてしまった。

 

 ところがターミナルビルの中に入ると、どこから人が集まったのかと思うほど船客がいた。7月8日に開設されたば

かりの航路だというのに、皆さんどうやって情報を得たのだろうか。私の感触では、団体客が多数を占めていたよ

うに思う。写真左側に玄関があり、右のエスカレータを上がると待合室で、乗船はそこからとなる。簡単な食事も出

来るが、私はJR苫小牧駅の駅弁「サーモン寿司」を食べていた。すこし甘かった。

 


ニューしらゆり(NEW SHIRAYURI)

ニューしらゆり(NEW SHIRAYURI)

 フェリーターミナルの裏手には、すでに「ニューしらゆり」が待機していた。このほか「ニューはまなす」もこの航路

に就航している。いずれもこれまで新潟―小樽航路に就航していた船で、皆さんの中にもそちらで乗船された経験

のある方もいらっしゃるかと思う。この新航路開設に伴い、新潟―小樽間の夜便は運航終了となった。

 ニューしらゆりは、総トン数が17,305トン、石川島播磨重工業(株)相生工場の生まれだ。1987年就航。

 

 この航路の寄港地は、秋田、新潟だ。しかし運航ダイヤは少し複雑で、新潟―苫小牧間は日曜日以外は毎日

運航されるものの、敦賀―苫小牧間は敦賀発が月曜日、苫小牧発は土曜日のみとなっている(1999年現在)。

利用される方は新日本海フェリーのWebサイトで確認を。

 

 自動車のナンバーを見ると北海道の車は少なかった。とすると、北海道ドライブ旅行の帰りという方々が多いの

だろう。こうした写真を見るとまた旅に出たくなってしまう。

 

 いよいよ乗船開始。フェリーターミナルから外に出ることなく連絡通路を通って乗船する。最近は飛行機でもこうし

たものが大きな空港では常識になって来ているが、私はタラップを上るという従来の方式が好きだ、とか何とか言

いながら、実はわくわくしている。

 

案内所(INFORMATION)

 船に乗りこむと右手に案内所がある。姉妹船の「ニューはまなす」と間取りはほとんど同じだが、「ニューしらゆり」

の方は、木目を活かした内装となっている。マリンガール達の笑顔に迎えられる。

 

2等寝台(SECOND CLASS BERTH)

 今回の旅では2等寝台を利用した。ベッドだけなのだが、これが結構居心地がいい。運賃は9220円。もし世界一

周航海に出るクルーズ船にこうした2等寝台があったとして、旅行代金が破格の安さだったら(50万円くらいか)、私

は参加してもいいと思う。20時15分、苫小牧東港を出港する。北海道も結構暑かった。

 生ビールを飲んで横になるが、津軽海峡はうねりが出ており縦に揺れた。何か気持ち悪いなぁと思っているうち

に寝てしまった。

 


秋田(AKITA)

男鹿半島(OGA Pen.)

 翌朝、岩木山が見えるかなと思って甲板に出ると、すでに男鹿半島が見えていた。秋田はもうすぐそこだ。今日

は暑くなりそうな気配がしている。

 

秋田港(PORT OF AKITA)

 船は静かに秋田港に入っていく。秋田には8時15分に到着し、40分ほど停泊する。右舷にロシアの木材運搬船が

見えていた。かなり使い込んでいるのか全体に赤く錆付いている。乗組員は朝食を取っているのだろうか。スープ

と黒パンかな、と勝手に想像する。

 

 ふとブリッジを見ると、船長の姿が見えた。船員に接岸作業の指示をしていた。それにしても全長が200m近い船

を岸壁にぶつけることなく、しかも何の衝撃も感じさせないで、ピタリと接岸させる技術には敬服する。この世界で

はそうしたことは当然の技術なのかも知れないが、まさにプロの技だと思う。

 

朝食(BREAKFAST)

 秋田港停泊中にレストランで朝食をとる。レストランの名前は「Café de Normandie」。でもカフェだったら喫茶店じ

ゃないか、何でノルマンディなんだとか思ってしまうが、そういうことを言うと本人は得意顔でも嫌われるのが落ちな

ので、これ以上何も言わない。いいじゃないですか、「ノルマンディのカフェ」で。

 

 8時55分、秋田港を出港する。何回乗船しても、船出はいい。しかしよく考えてみると、港で人に見送ってもらった

ことはない。仕方がないから見送られている人を見て、見送られているように思うことにした。

 

秋田港(PORT OF AKITA)

 秋田の街が離れていく。中央やや右よりに見えるのは「セリオン」という日本海沿岸随一の高さ143mを誇る秋田

港のシンボルらしい。しかしこれはガイドブックからの受け売りだ。いずれ訪れてみたい。その左側がフェリーターミ

ナル。苫小牧と秋田に自社ターミナルまで建設したのだから、新日本海フェリーは社運を賭けてこの新航路に取り

組んでいるのだろう。

 


新潟(NIIGATA)

日本海(JAPAN SEA)

 船は日本海を南下していく。昨日のうねりは収まって、まずまずの航海日和といったところ。フォワードサロンで

ぼんやり衛星放送を見てすごす。「昨日は揺れたね。」なんて話す声が聞こえてくる。

 

昼食(LUNCH)

 そうこうしているうちに、お昼となる。昼食はビーフカレーにした。カレーなんて珍しくもないものだけど、旅先では

なぜか食べてしまう。北海道航路であるためか、夕張メロンジュースも用意されていた。

 

*CURRY and RICE

It is one of the most popular dishes in Japan. And it's also the Emperor Akihito's favorite dish.

 

飛島(TOBISHIMA ISLAND)

 右舷に飛島が見えてくる。飛島へは酒田からフェリーが出ている。ということはもう山形県にまで来たことになる。

この辺りでは春にイルカが見られるらしい。飛島は野鳥の宝庫。鳥海国定公園に指定されている。

 

鳥海山(CHOUKAISAN)

 左舷には鳥海山(標高2,236m)が見えている。美しい。甲板にいた男性が、「この辺りで見える高い山は鳥海山で

す。」と教えてくれた。

 

粟島(AWASHIMA ISLAND)

 暫くすると右舷に粟島が見えてきた。粟島へは粟島汽船が村上の近くの岩船からフェリーを運航している。粟島

は村上の沖に浮かぶ周囲約20kmの離島だ。夏はアウトドア・イベントでにぎわう。

 

新潟港(PORT OF NIIGATA)

 15時30分、新潟港に到着する。真夏の日曜日ということもあってか、ヨットなど、プレジャーボートが多い。しかし

港則法の規定を忘れたような無茶苦茶な船がいたりもする。実は入港時にフェリーの進路を妨害する船がおり、

ハラハラさせられた。

 写真中央に万代橋が見えるだろうか。新潟港は信濃川の河口にある。真夏の太陽が照り付け、甲板にいると倒

れてしまいそうだ。もう、ギンギラギン。

 

 上から、ロシア語、韓国語、中国語、そして英語で、「新潟にようこそ」とある。そうした国々から新潟に船が入る

のだろう。英語、そして学生時代に第二外国語として学んだロシア語は何とか分かるものの、韓国語、中国語はな

んて読むのか分からない。実は身近な外国であるはずなのに、言葉がわからないのが残念に思う。それはネット・

サーフィンをしていても同様で、韓国や中国のサイトでは、ハングルや漢字の洪水に溺れてしまう。だからアジアに

どういうサイトがあり、どういう情報が発信されているのか、なかなか分からない。

 

ラウンジ(LOUNGE)

 新潟でなぜかほとんどの客が下船してしまい、寂しくなる。各船室では清掃作業が始まり、居場所を求めてラウン

ジに避難した。大型のプロジェクターには、新潟のテレビが映っていた。船のテレビはビデオと衛星放送しか入らず

地上波のテレビ番組は港が近くなったときに、やっと映り出す。「上越市市民会館で何とかコンサート」といったCM

がやけに印象に残る。

 

2等船室(SECOND CLASS)

 ようやく清掃作業が終わる。2等の船室を覗いてみるとさっきまでの賑わいがウソのようだった。新潟からは宗教

関係の団体客が乗船してきた。

 

夕食(DINNER)

 新潟出港は18時30分なので、新潟に3時間あまり停泊することになる。その間に夕食をとることにした。カフェテ

リア方式のレストランなので好きなものを好きなだけ食べられるのだけど、今こうして写真を見ると、よく食ったと思

う。ビーフ・シチューにカキ・フライなどを食べている。

 

夕日(THE SETTING SUN)

 こうしているうちに日が暮れた。なまけものになるには、船旅は最高だ。しかし明日は6時30分に敦賀に到着する

から5時には起きなければならないだろう。早めに眠ることにする。甲板で日光浴をしていたためか、少し疲れた。

 


敦賀(TSURUGA)

敦賀原子力発電所(TSURUGA ATOMIC POWER PLANT)

 朝起きてみると、船はすでに敦賀湾に入っていた。写真中央に見えるのは敦賀原子力発電所。皆さんもご存知

のように、若狭湾には原子力発電所が集中している。最近では某国がここをミサイル攻撃したらどうなるか、といっ

たことを心配する向きもあるようだが、私が心配するのは地震である。若狭湾が風光明媚なのは地殻変動が激し

いところであるからであり、実は地震が大変に多いところだ。地震がないように感じるのは、たまたまこの50年ほど

地震がなかったからに過ぎない。1999年に台湾で起きたような大規模な地殻変動が発生したらどうなるのだろう。

冷却水漏れどころでは済まないように思う。もちろん、計算上は安全ということになっているのだろうけれど。

 

敦賀港(PORT OF TSURUGA)

 …なんて縁起でもないことを考えているうちに、敦賀の街が見えてきた。敦賀は歴史のある港町であり、古くは

渤海国との交流もあった。写真中央に見える山を越えれば、琵琶湖が広がっている。

 

敦賀フェリーターミナル(TSURUGA FERRY TERMINAL)

 フェリーは敦賀新港に接岸する。写真はフェリー・ターミナル。新日本海フェリーのフェリー・ターミナルとしては、

小樽に次いで充実しているといえるだろう。日曜日の朝6時30分というのに(だからこそ?)、岸壁は釣り人で賑わっ

ている。

 

敦賀(TSURUGA)

 敦賀駅前。中央のオブジェは、若狭湾の名物、鯖をイメージしているのだろうか。鯖はとれなくなったそうだが、し

かしここにはうまい魚がたくさんある。早速敦賀名物の駅弁、「鯛の舞」を購入する。今日も暑くなりそうだ。

 

JR敦賀駅(JR TSURUGA STATION)

 さてどこに行こうか、なんてあてもなく旅をしてみたいものだ。とにかく無事敦賀に到着した。北海道苫小牧から

若狭の敦賀まで、長い旅ではあったが、新航路の旅はこれにて終了ということになる。

(取材、1999年7月31日〜8月2日)


付録(APPENDIX)

新航路開設にあたって作成されたチラシの表紙。(HANDBILL)

 

〔関連リンク〕

 苫小牧市

 王子製紙株式会社

 秋田市

 新潟市

 敦賀市

 日本原子力発電株式会社


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そこで、著作権の主張は致しません。

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01/07/27